realize


愛はコンビニで買える、ってどっかの歌手が歌ってたっけ。できればそのコンビニがどこにあるか教えてほしい。
仁王の愛がお金で買えるというなら、私は地球の裏側にだって喜んで行くのに。



「ねぇ、仁王。次の授業出ないの」

給水塔の上にいるはずの仁王からの返事はなくて、それはただ寝てるのか、無視されているのかは分からない。多分後者だと思う。
壁に寄り掛かって座り、雲のない空を見上げてみる。

私達の関係を考えると、付き合うってことの定義がなんなのか、まるで分からなくなる。
お互いが好きで一緒にいるってことが答えなら、私達は付き合ってないってことになってしまう。
それでもあの時、彼女と別れたばかりの仁王に、付き合って、と言ったらあっさりオーケーを貰えたんだから付き合ってるんだと思う。
その時の返事は、照れたようなものでもなければ、嬉しそうでもない、私を値踏みするように見てからの「まぁ、合格じゃな」というものだったけれど。

仁王は、優しくない。彼女というフィルターを通して見ても、本当に冷たかった。
メールや電話なんて一度も来たことはないし、一緒にいることすら少ない。こうやって金魚のフンみたいについてまわらないと、私の存在なんて忘れてしまうんじゃないか、ってくらいに。
今までの彼女たちはそれに耐えられなくなって離れていったんだと分かった。

そして、あの時言われた、合格、という言葉の意味もなんとなく分かるようになった。
仁王には、好きな人がいる。これは本人から聞いたわけじゃないけど、当たっていると思う。
他人に関心を示さない仁王が、いつも見つめてる女の子。テニスのパートナーである、柳生君の彼女。
自分で言うのも変だけど、なんとなく私はその子に似ていた。そう思って前の彼女達を見ると、どの子もどこかしら共通するところがあった。それは、髪型とか、背格好とか、目のあたりだけだったりとか。
私達は、劣化版のコピーで、要するに、何かしら似ているところがあればよかったのだ。そこを通して、あの子を見られるなら。

それに私が気付いてるってことを、仁王は知らない。
今までの彼女たちは気付かなかったのだろうか。知ったから離れた、ってこともあるかもしれない。
でも私は、知ったからこそ離れられない。
最初、仁王は誰も好きにならないんじゃないか、なんて思ったから、ひとりの人をあんな風に想う仁王が愛しく感じた。本当は、私を好きになってくれたら一番いいんだけど。
こんなの友達に話したら、あんた馬鹿じゃないの、って言われるんだろうな。自分でも、そう思う。
でもさ、好きなんだよ。嫌いになれないの。いくら冷たくされても、キスひとつしてくれなくても。隣にいてもいい権利を一応は与えられたんだから、私はそれを最大限利用する。

だけど、私だってたまには反撃してもいいよね?

立ち上がって、仁王のいるところまで上がっていく。
隣に座っても、仁王は私を見ることもなく、腕で目元を隠して仰向けに寝転がったままだ。

「ねぇ、仁王」
「……なんじゃ」

ようやく腕を少しずらして、面倒くさそうに私を見た。こういうのはもう慣れた。私も神経が図太くなったな。

「キスしてもいい?」

そんなことを言ったのは始めてだったせいか、仁王は怪訝そうな表情で私を見た。

「仁王はさ、目を閉じてあの子だって思ったらいいよ。私が仁王を見てるから」

そう言うと、仁王は目を見開きながら体を起こして、私に初めてみせる、心底驚いた表情をした。

「お前…、知っとったんか、」
「仁王は、分かりやすいよ?見てるの隠さないし。私も仁王を見てるんだから、気付くよ」
「…知っとるのに、なんでまだそこにおるぜよ?」
「今更そんなのいいからさ、早く目、閉じてよ」

それでも目を閉じようとしない仁王の目元を手の平で覆って、私は唇を奪った。
初めて触れる唇は、少しだけ乾燥していて、でも柔らかくて。
唇を離してから手を下ろすと、仁王はまだ目を開いたまんまで、私を見ていた。

「ふふ、逃げられなくてよかった」
「お前は…、」
「とりあえずさ、名前だけでも呼んでくれない?私の名前、覚えてる?」
「……みょうじ、なまえ…、」
「あ、覚えてた。そう、なまえ。これからも、よろしくね」

初めて仁王が呼んでくれた名前を体に取り入れるみたいに、大きく息を吸い込んで、私はまた青い空を見上げた。
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