泣き顔ベイビー


「先輩、いい加減ウザイっすわ」

泣いとる女にこんなこと言うのもどうかと思うけど、どっからこんなに出てくんねん、ってくらい泣いても泣いてもこの人の涙は止まらへん。
ほんまにムカつく。
俺のことなんか見向きもせんのにこういう時だけ真っ先に俺んとこに来よる。大して優しい言葉も掛けへんのになんで毎度俺んとこ来るんやろ。

「……謙也ね、好きな人ができたんだって」
「そんなん知ってますわ」

朝練の時、妙に浮かれとった謙也さんが聞いてへんのにわざわざ自分から話し掛けてきよった。
話しの内容なんてどうでもええけど、謙也さんに好きな人ができたという事実は俺の中に色んな感情を一気に呼び起こした。
なんやあの人また俺んとこ来るんかな、とか、また泣くんやろか、とか、はよ諦めて俺のこと好きになればええのに、とか。
俺は元々そういうガラでもあらへんし、ただの"イイヒト"になるんは御免やった。
せやから慰めたりせえへん。
むしろもっと泣いたらええねん。泣いてはよ忘れろや。
他の男のことを想って泣かれたって別に胸が痛くなったりせえへんし。

「財前君は冷たいね」

赤くなった目を向けて鼻声でそう言うなまえさんを鼻で笑い飛ばしてやる。

「そんなん今さらちゃいます?嫌やったら他当たって下さい。俺も暇やないんで」
「……やだ。財前君がいい。…本当は優しいし」

あー、ほんまにこの人アホや。
なんでそういう台詞を好きな謙也さんに言えへんのに何も思ってへん俺に言うんやろ。
もっと早くにそう謙也さんに言っとったら付き合えたかもしれへんのに。
"たまたま"俺がなまえさんを好きになって、"たまたま"それを知った相手がお人よしの謙也さんで、"たまたま"謙也さんもなまえさんが好きで、"たまたま"その時期に謙也さんがなまえさんを諦めたらしいで。
そんなんいちいち教えてやらんけど。

「はよ泣き止んで下さいよ。誰かに見られたら俺が泣かしたみたいやないすか」
「授業中だから誰も来ないよ。それに…今日くらい思いっきり泣かせてよ。もう謙也のことで財前君に迷惑掛けないから」
「……ほんなら、次は俺の為に泣いてくれます?あ、そん時は間違っても謙也さんに泣きつかんとって下さいよ」

そう言ってみると、なまえさんは言葉の意味を理解できへんのか、頭の上にクエッションマークが浮かびそうな顔をする。
やっぱりこの人アホやな。鈍いわ。

「……それはどういう――」
「なまえさんが好き、って言うとるの、分かりません?」

ストレートに言葉に出すと、ようやく意味が分かったらしくみるみるうちに耳まで赤く染まっていく。
弱ってるとこにつけこむなんてダサいかもしれへんけど。
俺は最初っから卑怯者やねん。
別に誰かに笑われたって、この人さえ手に入ればそれでええわ。

「えっ、……えっ!?…嘘、」
「なんで好きでもない女の話、黙って聞いとかなあかんねん。先輩アホやろ」

いつもの調子で言うと、なまえさんはまだ信じられへんのか口をぱくぱくさせとる。
俺の言った言葉に慌てるなまえさんを見るんは初めてやった。

「返事、すぐにしなくていいんで。謙也さんを諦められたら教えて下さい。ま、早いほど俺は嬉しいっすけど」
「……私がノーって言わないみたいに言うね」
「そんなん聞くために言ったんちゃいますから。っつーか言わせへんし」

報われん恋なんてもう充分や。
俺んとこ来るときは泣いてばっかのこの人の笑顔、隣ではよ見たい。
びっくりしたら止まってしまったらしい涙の跡に手を伸ばしながらそう思った。
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