Baby,I LOVE YOU


耳元で囁くような歌声が聴こえる。
顔を見なくても分かるその歌声は、付き合って間もない私の恋人である柳生君のもので、まだうろ覚えなのか、自信なさげに口ずさまれるその曲は、私が先日貸してあげたCDに収録されていた中の一曲だった。
しばらく寝たふりをしたままその声に耳を傾けていると途中で音が外れたから、思わず小さく笑い声を漏らしてしまうと歌はそこで終わってしまった。
あーあ、もっと聴いてたかったのに。
仕方なく顔を上げると、驚いた顔をした柳生君が目の前の席に座っていた。

「…お、起きていらっしゃったんですか」
「んーん。寝てたら声が聞こえたから起きちゃったの」
「私が起こしてしまったんですね…。申し訳ありません…」

恋人同士になっても変わらない、礼儀正しい口調で謝られる。
まだ窓の外は明るくて部活が終わる時間ではないはず。
その証拠に柳生君はまだテニス部のジャージを着ているし、遠くのグラウンドからは気合いの入った運動部の声が聞こえてくる。

「柳生君、部活は?」

眠い目を擦りながらそう聞くと、歌を聞かれてしまったことがよっぽど恥ずかしいのか、私のほうを見ようとしないまま答える。

「あ…、今は休憩中で…その間に忘れ物を取りに来たんです。私としたことが明日提出する課題のプリントを机の中に忘れてしまって…そしたらみょうじさんが寝ていらっしゃったので…」
「そうなんだ。言ってくれたら帰りに持って行ったのに。…で、ついでに歌ってみたの?」

意地悪だとは思うけど柳生君の様子があまりに恥ずかしそうだからつい、突っついてみたくなってしまう。

「……みょうじさんも人が悪いですね」

眼鏡のブリッジを上げながらそう言う柳生君は耳まで赤くなっている。

「ふふ、ごめんごめん。CD聴いてくれたんだね。柳生君、普段はああいうの絶対聴かなそうだけど」
「…はい。好んでああいう音楽はあまり聴きませんが…新鮮でとても良かったです。特にこの曲の歌詞が…その、とても…良くて、」

もごもごと口ごもりながら柳生君はそう言った。

「うん。シンプルだけどいいよね。私も好きなんだ」

そう答えると柳生君は何か言いたげな、でも言えないのか息を吸い込んでは吐いてを繰り返している。
それがじれったくて、でも愛おしく思えた。

「柳生君、もう一回さっきの曲、歌って」
「勘弁して下さい…あれは寝てると思ったから、つい…」
「じゃあ私が歌ったら、してくれる?」
「何を、ですか、」

何を、なんて聞かなくても分かるくせに。そのままなのに。本当にじれったいなぁ。
柳生君の紳士的で私を大切にしてくれるところは大好きだけどたまには少し強引になってくれても、ね。
そう思いながら少しだけ唇をつき出してみると、また柳生君は真っ赤になってから、「本当にいいんですか」と声をしぼりだした。

いいも何も。

「あんまり女の子から言わせないで」

すると柳生君は意を決したように私の肩に手を置いて、少しずつ顔を近づけて来る。
こんなに近くで柳生君を見るのは初めて。ずっと見てたいけどそろそろ目、閉じなきゃ。

初めてのキスは柳生君の眼鏡のほうが先に当たってちょっと痛かった、という思い出ができた。
でも、どんな言葉よりもその震える唇から想いが伝わってきて、胸がいっぱいになってしまった。
そんなのって単純すぎるかな。


曲お題
♪Baby,I LOVE YOU/斉藤和義


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