赤いパーカー


電車には人がほとんど乗ってなくて、俺たちが乗るこの車両には酔っぱらってつぶれたおっさんが寝ているだけだ。
隣に座るなまえは時々頭を揺らしては眠い目をこすって必死に意識を繋ぎとめようとしていた。

「眠かったら寝ちまってもいいぜ。着いたら起こすし」
「ん…いい。頑張る」

そう言いつつしばらくすると俺の肩に頭を載せてなまえは寝息を立て始めた。
多分なまえはこんな時間に電車に乗っている意味なんて分かってない。それを言ったら来てくれたかすらも怪しい。
着替えだけ持って来て、って言ったけどなまえは荷物のひとつも持ってなくてちょっとそのへんのコンビニにでも行くような赤いパーカーを羽織って来ただけだった。

きっとなまえが本当の意味を知る前にこんな馬鹿みてぇな逃避行は終わっちまう。
分かっててもなまえを連れて逃げたかったんだ。
一体何から逃げてるのかもよく分かんねぇのに。
行ったことのない場所になまえだけがそこにいてさ。それって超幸せじゃん、とか思っちまって。
学校が嫌だとか人間関係に疲れたとかそういうのは全然ねぇけど、なんつーかなまえがいればもういいや、なんて悟りを開いた気になって勢いで家を出てきちまった。



「…ブン太、寒い。ここどこ?」
「ん。俺たちの知らないとこ」

終着駅に着いて明かりもほとんどない道をぶらぶらと手を繋いで歩いていると、なまえはパーカーのフードを深く被って、なんかこういうのいいね、なんて楽しそうに言う。

「…つーか、泊まるとことか考えてなかったわ。どうしよ」
「別にいいよ。ブン太がいればどこでも。あ、そこに公園あるよ」

こういう時、女のほうが肝が据わってるって実感する。
本当に勢いだけで来ちまったから、宿がねぇなんて愛想尽かされても仕方ねぇのに。

公園のベンチに座って空を見上げたら都会じゃ見れないような綺麗な星空が広がっててなまえもそれを見てきれいだね、なんて微笑んでる。
もしかして今なら、このまま駆け落ちしねぇ?って言ったら頷いてくれるかもしれない。
こういう発想がさ、ガキだって分かってんだけど。
でも、ふたりでバイトとかすれば何とかやってけんじゃねぇの、とか、一緒に狭い部屋で肩寄せ合ってるのとか想像したらそれもアリじゃね、って思っちまう。

「なまえ…、あのさ、」
「ブン太。連れてきてくれてありがとね。大人になっても時々さ、こうやって星空、一緒に見ようね」

それは俺が喋りだしたのとほとんど同時で、俺の頼りない声はなまえに掻き消されちまった。

「……って、ごめん。ブン太も何か言おうとした?」

そう言われても、俺はさっき言おうとしたことなんか言えるはずなくて。

俺はわけ分かんねぇ不安だけで後先考えずこんなとこに来てんのに、なまえの中の遠い将来にも俺はちゃんといて、また来ようとか言ってくれて。

あー…なんか俺、だめだめじゃん。
やっぱ俺って大人になりてぇのになりきれなくて、今が不安で足掻いてるだけだ。

こんな俺のまんまじゃいつか本当になまえに愛想尽かされちまう。

「……俺さ、色々頑張るから。だからなまえはずっと隣にいて」
「ふふ。何それ、当たり前じゃん。ブン太が死ぬの看取ってあげるよ」
「…俺が先に死ぬのかよ」
「そ。だってブン太って結構さみしがり屋じゃない。私が先に死んだら悲しいでしょ?」

そう言われて不覚にも泣きそうになった。
なまえは俺のことちゃんと見てて俺自身よりも俺のことを理解してる。
本当、俺って情けねぇ。

いつかさ、どんな不安も笑い飛ばせるようになるから。
そしたらまたここに来て、なまえは同じ笑顔とその赤いパーカーで隣に座ってて。
その時は今度こそ迷いなんかない俺が、一緒に暮らそうって言ってみせるからさ。


曲お題
♪赤いパーカー/serial TV drama


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