空気よりも軽い


どこで間違えたのかなぁ、なんて考えてももう何の意味もない。
きっとこのタイミングを逃したとしてもどこかで私たちはこうなるように自ら仕向けていたと思う。

「……ね、柳生くん。私の彼氏、誰だか知ってるよね?」
「勿論です」
「なら、どうして?」
「それは私の台詞でしょう?てっきり逃げられるものかと思っていましたが」

柳生くんのことを好きかと聞かれたら、そんなのよく分からないのに、誰もいない教室で突然掴まれた手を私は振りほどけないでいた。
どこを探しても嫌だなんて感情は私の中にはなくて、これから柳生くんは何をするんだろう、なんて他人事みたいに思ったりして。


前からなんとなく気付いていた。
柳生くんの私を見る目は友達の彼女に向けるものとは違うということに。
いつもは優等生で清廉潔白な柳生くんの、絡みつくような視線を感じるたびにその先を知りたいと思ってしまった。

「……私、別れるつもりはないよ?」
「知っていますよ」

そんな風に言い切るのってなんかずるい、って思ってしまった私はどうかしているかもしれない。
でも、柳生くんも意地悪だ。
私に言い訳をさせないつもりなんだろう。
無理やりキスでもすればいいのにそうしないで私の意志を尊重しようとする。
逃げてもいいんですよ、って眼鏡の奥の瞳が言っている。

もう、本当に。
これじゃ私が誘ってるのと同じだ。
それでも少しだけ強く手を握られたら頭からすっぽり愛しい人のことも忘れてしまって。
近付いてくる唇に鼓動がやけにうるさく感じる。

おかしいな。いつもはこんなにどきどきしたりしないのに。
一番好きな人とするより、好きかも分からない柳生くんとするほうがどきどきするなんて。
頭もおかしければ体もおかしいんだな、私って。

まぶたをおろすと唇が重なって、もう後戻りはできないんだなって冷静に考えてる自分と、柳生くんの制服の裾を握りしめて離さない自分がいた。
ゆっくりと唇が離れて目を開けるとそこには薄く笑った柳生くんがいて、共犯者ですね、なんて言う。

「…それってさ、主犯はどっちなの?」
「さぁ、どちらでしょうね。みょうじさんがそう望むなら、私がなってさしあげますよ?」
「本当に柳生くんは意地悪だね」

どっちが悪いかなんて分かりきっているのに。
柳生くんに押し付けたいんだよ、本当は。
私は悪くないって言って欲しいんだ。迫られて仕方なく、なんて言い聞かせて愚かな自分を正当化したいの。
そうさせてくれない柳生くんが憎らしくて、同時にもっと深く知りたいって煽られる。
いっそのこと、堕ちるとこまで堕ちて。ふたりで罪を共有するのも悪くないか。

「その眼鏡、外してもいい?」

そんな仮面外してさ。全部見せてよ。
汚いところも。下心も。全部剥き出しのあなたを。
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