恋人ごっこ


「これ観ようぜ」

レンタルショップの袋から取り出されたDVDを見て私は目を疑った。
その映画の内容を知ってて言ってるんだろうか。
だとしたら赤也の神経を疑ってしまう。

「……ねぇ、それ、どんな内容か知ってるの?」
「知らねーけど。なんかいっぱい並んでたから面白いんじゃねーの」

そう言いながら赤也はすでにプレイヤーにDVDをセットし始めた。
赤也が借りてきた日本映画はR指定にされるほど全編に渡ってラブシーンの多く、公開されたときにそれで話題になった、とてもじゃないけど友達同士である私と赤也がふたりきりで観るようなものではなかった。
よくふたりで映画は観てるけど、あってもキスシーンくらいだった。
それまではあぁでもないこうでもない、なんて言いながら観ていたのに、一瞬のキスシーンでさえ妙に気まずく感じて、その時だけふたりしてじっと画面を見たまま無言になってしまうのだ。
それが120分も続くのは耐えられない。

でも何て言おうか。何でもないようにさらっと言ってしまえば変な感じにはならないかもしれない。
そうだ。別に一緒に観る相手が赤也だから気まずいわけではないのだ。
家族と何気なくサスペンスドラマを観ていて突然割り込んでくるベッドシーンと同じじゃないか。

「赤也。この映画、今度ひとりで観れば?今日はさ、録画してあるジブリでも観ようよ、ね?」
「はぁ?せっかく借りてきたんだから一緒に観りゃいいじゃん」

顔になんでそんなこと言うんだよ、って分かりやすく書いてある。
それで分かってよ。なんて、それは無理があるかもしれない。もし自分が反対の立場だったら同じように返してるところだ。
どう言おうか迷っている間に新作の予告が始まってしまって、言うべき言葉も見つからないまま慌てて口を開く。

「やー…、あー……なんか、それつまんないって友達が言ってた気がするんだよねー。ほら、そんなの観ても時間がもったいないじゃん」
「だからって他にやることねーじゃん。それに俺が観たいの。俺んちのプレーヤーが壊れてるからお前んち来てんだしさ」

あぁ、もう無理だ。これ以上何も言い訳が思い浮かばない。
話題になったからと言って、本当は案外大したことないのかもしれない。無理やりそう自分に言い聞かせて、もう黙っていることにした。

予告が終わって本編が始まると五分と経たずに、早くも男女が画面の中で絡み合っている。
これは話題になったのも納得だった。確かR15だったから私たちが観ても問題はないはずなのだけれど、胸なんかもろに出ちゃってるし、かなり生々しい演出で、意地でも止めればよかったと後悔した。

「……もしかしてこれのせいでやめようとか言ってた?」
「うん。まぁ……なんていうか…すごいね…」

どんな顔したらいいのか分からなくて、画面を見たまま答える。
こんなの赤也じゃなくたって、女友達ですら変な空気になるだろう。
画面の中のふたりの行為はどんどん激しくなっていく。
いたたまれなくなってリモコンに手を伸ばすと、停止ボタンを押す前に赤也に腕を掴まれて、手からリモコンが滑り落ちていった。

「な…に、」
「こういうふうになるのが心配だった?」

じりじりと距離を詰められて、赤也の両手が私の体の両脇に置かれる。

「ちょっと。悪い冗談はやめようよ。私たちそういうんじゃないでしょ」
「まぁ。でも俺、それでも全然できるけど」
「私はできない。無理。離れて。」
「俺も無理。発情しちまったし」

その瞬間、塞がれた口唇に胸を押し返しても赤也はびくともしなくて、それどころか私の背中は床に押し付けられてしまった。

「んー!んー!ン、ん」

固く結んだ口唇が息を吸い込む為にできた僅かな隙を狙って舌が侵入してくる。
すぐに当たり前のように服の中にも手が侵入してきて、遠慮なく胸をほぐしていく。
拒んでいたはずの私の手は赤也の服を握りしめていた。

「その気になったっしょ?」
「……なって、ない」
「エロい顔してそんなこと言われても説得力ねーけど。はい、脱いで」

着ていた服を一気に剥ぎ取られる。
素直にその作業に協力している私は何なんだろう。
さっき赤也とは出来ないとか言ってたのは誰だったのか。

いつの間にか赤也も服を脱ぎ捨てていて、引き締まった肉体としっかりとした体つきが何だか別の男の人のように見えた。

「…でも、やっぱよくないよ、こういうの」
「まだ言ってんだ。じゃあさ、今だけ俺たちは彼氏と彼女。それならいいだろ?」
「…なんか、根本的に間違ってる気がするんだけど」
「俺は別にいーよ、その関係がずっと続いても。なまえのこと嫌いじゃねーし」
「嫌いじゃない、って何よ」
「あーハイハイ、分かった分かった。好きだよ、なまえのこと。お前は終わってから答えだせばいいよ。体の相性も大事っしょ?答えは決まってっけどね」

その自信はどこから来るんだろう。
あーあ。これって完全に流されてるってやつなんだろうな。

「…とりあえず、電気とテレビ消してよ」

この行為が終わったら私は赤也に何て言ってるんだろう。
少なくても、もうただの友達には戻ることはできなくて。

もう一度口唇が重なったら、それは、私たちのごっこ遊びが始まるサイン。
back
- ナノ -