あめのさぐめ


帰る?それとも泊まってく?
まだ機嫌の直らない雅治の横顔にそう聞くと、どっちでも。という投げやりな返事が返ってきた。
どっちでもいいならもう帰ってよ。
そう言ってしまったら間違いなく大喧嘩になるんだろうなと、体の中でその言葉は消化させた。
大喧嘩と言っても言い合いにはならない冷戦みたいなもので、お互い意地を張って連絡を取らない、ただそれだけのことだけど、私にとっては言ってスッキリする喧嘩よりも疲れるもので、出来るなら避けたかった。

「雅治がいてくれると嬉しいよ。だからいい加減機嫌直して」

一緒にいて嬉しいのは間違いない本音なのに、口から出るとやけに嘘くさくなってしまった。持ち上げてる感がハンパない。
雅治もそれを分かってか不機嫌丸出しな顔で私に顔を向ける。

「男と飲むなんて聞いとらんかった。」
「だから。あれは結果的にそうなっちゃっただけで、事故みたいなもんじゃない」
「結果が全て、ぜよ」

それだけ言うとふいっと私から顔を逸らして、またさっきと同じ拒絶するような横顔に戻った。

そもそも私は悪くないと思う。
女の子だけの友達グループで飲んでいたら、隣のテーブルの男たちが絡んできて一緒に飲むはめになってしまった。その店に偶然雅治も友達と来ていた、それだけのこと。
やましいことなど何もしてないのに雅治にはそれが合コンに見えたらしく、すぐに店から連れ出されてこの不毛な会話を繰り返している。

「でもさ、本当に会話だってほとんどしてないよ」
「ほー」
「つまんないなー、帰りたいなーって思ってたし」
「へー」

だめだ。取り付く島もない。
正直言ってこの空気は面倒臭い。すごく面倒臭い。
それなのに雅治の機嫌が直るのを待っているのは、逆の立場だったらどうなってたか目に見えてたから。
私が見つけてしまった側なら同じように解釈してただろうし、もしかしたら理由も聞かずに別れを突き付けていたかもしれない。
それは信頼とは別次元にある嫉妬で、好きだからこそこうなってることは分かっていた。

雅治の服の脇腹あたりをつまんでぐいぐいと引っ張ってみるけど無反応だ。

「んー…ごめんね。」

真っ直ぐ前だけを見て私に目を向けてくれない雅治の服を引っ張り続けて不本意ながら一応謝ってみるとようやくこっちを向いた。

「心がこもっとらん謝罪ならいらんぜよ」
「…ごめん。」

今度のごめんは今の雅治の言葉に対してのごめん、だ。
掴んでいた手を引っ込める。
出口の見えない会話にお手上げ状態だった。
こうなるなら雅治には帰ってもらったほうがよかったかもしれない。
時間を置いたらけろっと忘れてくれたんじゃないだろうか。
ふう、っと長い息を吐いてから立ち上がってバッグから財布を取り出すと今度は雅治が私の服の裾を掴んだ。

「…どこ行くんじゃ」
「コンビニ。飲み物、買ってこようかと思って」

水なら冷蔵庫に入っていたけど、このどうしようもない空気を変えたくてそうすることにした。
少しの間だけでもひとりになったら雅治も頭を冷やしてくれるんじゃないか、という期待もあった。

「なまえ酒入っとるじゃろ。そんな状態で女ひとりがふらふらしとったらどうなるか、分からんか」
「コンビニすぐそこだし、このへんそんなに危なくないよ」
「…ええから、座っときんしゃい。」

作戦、失敗。
と、思ったけど案外そうでもないかもしれない。
隣に座り直しても相変わらず雅治は私の服を掴んだままで、離そうとしなかったからだ。

こういうところ、ずるいんだから。素直じゃないな。
そばにいて欲しいならそう言えばいいのに。

雅治に体を向けてぎゅっと抱き着いて、肩に顔を埋めて雅治の匂いを吸い込む。

「雅治。今日は嫌な気持ちにさせてごめんね。」
「…ん。」
「仲直り、してくれる?」
「……ん。」

本当は雅治も不本意なんだろうな。
仲直りはしたいけどあっさり許せるわけでもない、不貞腐れたような肯定だった。
こんなつれなく感じる一言にも、愛しさを感じてしまう私はおかしいのだろうか。

「じゃあ仲直りのしるしに、お風呂、一緒に入る?」

普段は私のほうから断っていることを提案してみると、すぐに雅治は何も言わずに私の腕をすり抜けて部屋を出て行って、バスルームからはお湯を落とす音が聞こえてきた。

分かりやすいその行動に、素直すぎるのも問題だな、とつい苦笑いが漏れてしまった。
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