『…いっ、』
「遊乃ちゃん?!」
ピリッとした痛み。舐めると舌に広がった、あの独特な血の味は不快で眉根を寄せる。唇の皮を剥いてしまうのは小さい頃からの癖だった。どうしても気になってしまい、剥いては血を出す。その繰り返しで治るものも治らない。
かといってリップクリームはどうも好きになれない。というより、何かを塗るというのが好きじゃない。ハンドクリームなんて手がヌメヌメするし…
「遊乃ちゃん、血出てるよ!また剥いたの!?」
『んん、気になっちゃって』
「…どうせ、持ってないんでしょ。リップ」
『わあ、流石!渚なら持ってると思ってた!でもやだ!リップ嫌いなの知ってるでしょ』
いらない、そう手をひらつかせ渚を抜かし数歩歩いたとこで、腕を引かれる。渚の表情は不機嫌で、珍しく眉間にシワが寄っていた。あちゃ、怒らせたかな。
「痛いこと嫌いなくせに」
グッと引き寄せられ、顎を掴まれる。と言っても優しく、だが……直後に唇に触れたソレに不貞腐れる。
『痛いことよりも、リップの方が嫌い』
「我が儘言わない。遊乃ちゃんが痛いのは僕も嫌だよ」
カチッと、リップのフタを閉めて満足そうに笑う渚を見たら悪い気もしなくなった。これが惚れた弱み…だろうか?
「よく我慢しました」
数回撫でられた頭に、ありがとう、とお礼を告げる前に軽く塞がれた唇は、ミントの香りがして渚が塗ってくれるリップなら、好きになりそう。
なんて思うんだから、やっぱり惚れた弱みだと思うんだ。
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