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02


談話室のソファーに深く腰を沈めて読書をしていると、軽やかな足取りでやって来た一匹の白猫が僕の膝の上で丸くなった。顎周りを撫でてやると、気持ち良さそうに喉を鳴らす。それに気付いたアブラクサスが口を開いた。

「たまに一緒にいるのを見るが、君の飼い猫かい?」
「まぁ、僕のではあるね」
「随分と美しい猫だな、名前は?」
「名前」
「ん?」
「だから、名前」

抱き上げて、アブラクサスに顔が見えるようにする。白く柔らかい毛並みと赤い眼をもつ猫、もとい名前が「にゃ 」とひと鳴きした。それから僕の手から離れて談話室を出て行ったかと思えば、猫じゃない名前が笑顔で入ってきて僕の隣に腰を下ろした。

「あぁ、アニメーガスか」
「他の人には内緒だよ」
「いつから?」
「トム、いつからだろうね」
「さぁ?昔から?」
「それだ、昔から。俺の家系は変身術に長けている人間が多いらしい」
「ところで、猫の姿でなにをしてたんだい?またどこぞの雌猫とじゃれ合ってたり…」
「でも俺、猫大好きだし…クレイグとデイジーの猫だし……じゃなくて!見つけたんだよ、厨房を!今度遊びに行こう」
「それなら夜だね」
「うん」

そんな僕たちを見て「バレない程度にな」と一言残してアブラクサスが談話室から出て行った。これで真夜中のお茶会ができるね、と笑う名前はとても楽しそうだった。
それから数日後のことだ。名前の姿が見えないため、彼が行きそうなところに足を運んでみるが見当たらない。

「あれは…」

中庭で数匹の猫が集まっていた。白猫がいたから近付いてみたが、名前ではなかった。一体どこに行ったんだと溜め息を吐く。ふと見れば、この前彼が可愛がっていたクレイグとデイジーの飼い猫二匹が僕の脚に擦り寄ってきている。名前の飼い主だと思っているのだろうか。手持ち無沙汰でなんとなく撫でてやっていると、それを顔も知らない女子生徒に目撃された。

「随分と仲がよろしいのね、微笑ましいわ」
「あぁ、うん。とても可愛いね」
「にゃー」

愛想笑いも忘れて、背後から聞こえてきた猫の鳴き声に振り返る。そこには、なんとも不機嫌そうな表情で尻尾を揺らす白猫の姿があった。これは、よろしくない展開だ。ふいっと視線を外して歩いて行ってしまう名前を追いかけ、逃げられる前になんとか捕まえることができた。抱き上げてみても全く目を合わせようとしない。顔を近付ければ、前足を僕の頬に当てて拒絶を示された。

「違うっては、僕は君を探してたんだよ」
「んにゃー」
「可愛いってそりゃあ、社交辞令の一つも言うだろ」
「にゃう」

不満げな名前を連れて、寮の自室に戻る(後日、目撃者によりトム・リドルがとても可愛がっている猫として一部の生徒の間で有名になった)。人間の姿に戻った名前は未だに不満そうなジト目で僕を見ている。

「なにがそんなに不満なの」
「トム君、俺に可愛いとか言ったことないよね」
「……いや、僕はそもそも動物に可愛いっていう感情を抱くことがあまり…でも猫の名前は、可愛いよりも遥かに美しいって言葉の方がぴったりだ」
「口説いてる?」
「うん」

ベッドにうつ伏せになった状態で、顔だけをこちらに向ける名前の片眉が上がった。完全に昼寝をする体制になってる名前のベッドの空いているスペースに潜り込む。

「俺以外の猫を撫でるのは禁止ね」
「猫に妬いた?」
「あぁ」
「可愛い」
「やめろ」
「寝るの?」
「寝るよ」
「おやすみ」
「…あ、猫の尻尾の付け根って性感帯なんだって」
「え……!?」
「おやすみ」
「え、ちょ、…猫、猫になってくれないの…!?」

虚しくも僕の声は名前に届かなかった。そして当分、彼が猫の姿になることはなかった。


20151011
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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