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18


「お前、やっぱり明るくなったな」
「はあ?」
「いやいや、冗談じゃなくてよ!」

教室から更衣室までの道すがら、山田が口を開いた。なんつーかこう、説明できねぇけどな!と笑うコイツに眉をひそめる。脈絡がなさすぎる。

「俺だけじゃなくて、クラスの女子も言ってたぜ!話しかけやすくなったって」
「……話しかけにくかったのか」
「雰囲気が柔らかくなったんじゃね?眉間のシワも減ったし」
「あ…?俺は何も変わってないぞ」
「いや変わってるね、名前に出会ってから」
「名前……」

2年のインターンでの出来事以来、自分の求めるヒーロー像のために合理的かつストイックに時間を使って来た。確かに名前と出会って、いや、仲が良くなってから時間の使い方が変わったのは確かだ。それがどう繋がるって言うんだ。



「相澤先輩!」
「あぁ、名前か」
「一緒にご飯食べましょ」

昼休み、他の生徒に挨拶をしながら俺の席までやって来た名前。あれだけお喋りに花を咲かせていたクラスの女子生徒達の会話がぴたりと止まる。

「先輩、今日は学食ですか?」
「……いや、ゼリー飲料で済まそうかと」
「駄目ですよ。せめて学生のうちはちゃんとしたものを食べないと」
「短時間で済むから有意義に時間を使えるだろ」
「俺と一緒にご飯を食べる時間は有意義じゃないってことですか?」
「お前な……それはないよ」
「良かった」

適当な席から椅子を拝借した名前は、手にしていた紙袋から弁当箱を2個取り出した。……2個?

「どうぞ、お弁当です」
「……俺に?」
「はい」
「いいの?」
「そのために作ったんですから」

猫が愛情表現で飼い主に狩った獲物を贈るような、そんな習性があると聞いたことがある。不覚にもそれと重なってしまい静かにダメージを負った。かわいい。週末まで両親が海外に行ってて一人なんですけど、丁寧に生きようと思って。そう言って笑う名前。名前の父親は有名な建築デザイナーらしく、仕事で家を空けることが多いらしい。母親はサポートとして同行しているとか。

名前にすすめられるがまま蓋を開けると、おかずが綺麗に詰められていて書店で並ぶお弁当のレシピ本の表紙を彷彿とさせる。白米、 からあげ、卵焼き、きんぴら、ブロッコリーとプチトマト。驚く前に感心してしまう。

「お前……逆に苦手なことあるの?」
「えぇ?もしかして褒めてるんですか?」
「うん」
「大したことないですよ。からあげなんて昨日の晩御飯だし、きんぴらも日曜に作り置きしたやつだし……」
「いや、すごいよ」

素直に褒めると、名前は少しだけ恥ずかしそうに2つの耳をぺたんと下げた。名前は出会った当初からあまり感情を表情に乗せない代わりに、耳と尻尾は表情が豊かだった。本人には言わないが。
そうして2人で昼食を摂り、名前は自分のクラスへ帰って行った。

「相澤くん相澤くん」
「ん?」
「名前くんって、彼女いるの……?」
「彼女?」

クラスメイトの女子生徒に問い掛けられる。少し人見知りなところはあるが人に好かれる性格と優れた容姿、身体能力も高く個性を生かした戦闘センスもある。確か、体育祭での順位も上位だったはずだ。しかも座学の成績もかなり良い。恋人がいない方がおかしいか。

だが実際は彼女はいない。以前、山田が名前に訊いていた。今思えばアイツも俺と同じような状況だったのかもしれない。そもそも、休み時間は一人もしくは俺と一緒に居ることが多いから作る気もなさそうだが。

「あぁ、いるって言ってたな」
「そうなんだ、残念」

……ん?女子のグループに戻っていく彼女の後ろ姿を見ながら首を傾げた。彼女にではなく、自分に対して。俺は今、なんで嘘を吐いたんだ。確か、あそこで「いない」と答えると彼女が名前に近寄るだろうとは思った。いや、別に良いだろ。クラスメイトの彼女は敵でもないし、関係を築くかどうかは名前が決めることだ。

恐らく、ただ単に、俺が嫌だったんだ。自惚れかもしれないが、この学校で最も名前の近くにいるのは俺だろうという自負があった。これは誰にも譲りたくはない。俺以外に撫でられ喉を鳴らす姿も見たくない。あの宝石のような黄金の瞳に映されるのは俺が良いとも思ってしまう。

こんな薄汚れた独占欲を形容することが許されるのであれば、俺にだってこの感情の名前くらい分かる。


20220201 学生編@
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