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15


「ねえ、しょうたさん、消太さん」
「ああもう、くそ、ばかが」

ここは閉め切られた準備室。目の前には目をとろんと蕩けさせ、上気した顔に髪の毛がかかりやけに色っぽい名前がいる。なんでこんなことになったんだ。

いや、俺がこうなるようにしたんだったな。

「名字先生!」
「ん?」

帰りのHRを終え教室の外に出ると、名前が女子生徒に話しかけられている姿が目に入った。教科書を持つ彼女に、名前はなにか授業についての質問があるのだと思ったらしい。少し上半身を屈めたとき、女子生徒が名前の鼻先になにかを近付けた。

「うお、」
「マタタビよ!だって先生、猫ちゃんでしょ?」
「……名前は猫の前に人間だぞ、そういうイタズラはやめてやれ」
「相澤先生」
「ちぇ、はぁーい」

俺が後ろから声を掛けても反省する素振りは見せずに、「名字先生ごめんね、さようなら!」と笑顔で手を振り去って行く女子生徒にため息が出る。

「先生、ありがと」
「おいおい、どこ行くんだお前は」
「……帰ります」
「待てよ、馬鹿か。あー…」

頭をガシガシと掻いてから、帰ろうとする名前の腕を掴んで足早に移動する。タイミングよく、下校する生徒とすれ違うことがなかった。そのまま俺の準備室に彼を放り込んで、後ろ手で扉の鍵を締めカーテンを引いた。

「あー、だめ、近すぎた、ごめんなさい」
「ん」

ソファに俺を押し倒し、ぎゅうと抱きしめてくる。そのまま頭を撫でてやれば、すり…と顔を寄せてくるのが可愛い。

プロヒーロー シュレーディンガーには名前と俺しか知らないであろう弱点がある。それは"マタタビの感受性の高さ"だ。ある程度の距離を保てばある種のアルコールのような嗜好品だが、先程のように鼻先くらいの近距離になると名前にとっては毒にしかならない。毒というか、まぁ、俗な言い方をすれば催淫剤ってところだろうか。症状の強さにもよるが、心拍数が上昇して息は上がり、その類の衝動と本能で落ち着かなくなる。

「ん、名前」
「消太さん…」

そうして冒頭へ戻る。
捕縛布の間から首筋へキスを繰り返す名前。たまにペロペロと舐められるもんだから、独特の舌の感覚に背筋が粟立った。

「っ名前、どう、する」
「どうって、」
「…す、るか」

名前は俺の肩口に顔を埋め、ふるふると首を振った。

「もう、少しで、落ち着くと…思うので」
「…………大丈夫か?」
「……うん、しょうたさん」

ぎゅってして、そう耳元で吐息混じりに呟かれ、これは俺の方が保たないかもしれないなんて自嘲気味に笑ってしまう。そんな欲を誤魔化すように、名前の頭を抱えるように抱き締めてやる。

「……いい子だ、名前」
「………は、はは、それわざとやってます?」

名前は過去に何度かこういった状況になることがあった。それは、完全に事故的なものから、今回のように一種の善意からくるようなものばかりだ。そういった時、名前はなんとか自力で家まで帰って来たり、その場で顔色変えず耐え凌いだりと、基本的に精神力というか気合いでゴリ押ししていたように思う。実は名前はメンタル面においてかなりのエリートだ。俺が関係しなければ、だが。そういえば、

「……名前、この状態で俺を抱いたことないよな」
「はぁ、なんでわざわざ煽ってくるんだ…この人……」
「ふと思っただけだよ」
「……だって、絶対に貴方をめちゃくちゃにするから」

傷付けたくないし嫌われたくない、と小声で呟く名前。あぁ、かわいいな、うちの猫。いつか使ってみるか。いや、名前に怒られるか。

「俺はお前になら何をされてもいいし、絶対に嫌いにならないよ」
「もう超煽るじゃん……」
「はは、そろそろ醒めそうだな」
「……おかげさまで」
「よいしょ」

名前を抱き留めたまま上半身を起こすと、「おぉ」という感嘆が聞こえた。そっちがプロならこっちだってプロだぞ。俺の言葉にそりゃそうだと笑う名前はほとんど通常運転のようだ。

「名前」
「はい?」
「ご褒美だ」

そう言って名前の鼻先にキスをしてやった。すると彼は、目をぱちくりとさせたと思えば右手で目元を抑え唸っている。
まぁ、元気そうで何よりだ。

「好きになっちゃうでしょ……」
「とっくに好きだろ」
「……だからそういうとこですよ!」
「ハッ、さっさと帰るぞ」


20211108 ネコにマタタビ
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