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公開授業


(夢本Web再録)


「公開授業?」
「はい、今週末にあるって」

先生が言ってました、と得意げに話す出水。そういえばうちの大学では、高校生向けの公開授業が定期的に行われていた気がする。大学で行われる講義の雰囲気を体験してもらおうという意図のそれは、今週末にあるらしい。

「一緒に行こうか?」
「え、いいんですか?」
「うん、いいよ」



大学の正門で出水を待っていると、遠くから手を振り走ってくる明るい頭色をした男子高校生を見つけた。遠くに投げられたフリスビーをくわえて、飼い主のもとまで一直線に走ってくる嵐山家の飼い犬を思い出す。お待たせしました、と息を整えながら笑顔で言う出水の頭を、いつかの嵐山のようにワシャワシャと撫でてやった。まだ公開授業の時間には早いので、案内がてら食堂にでも寄ってみようか。俺の提案に全力で乗ってきた出水を連れて、人の多い構内を移動する。

「あれ、名字くん。その子は?」
「久しぶりだな。後輩のい、……あー、名字公平くん、」
「もしかして高校生?親戚とか?」
「まぁ、そんなとこ。公開授業あっただろ、今日」

なるほどねぇ、と出水を見るのは、同じ講義を受けている顔見知りの女子だった。以前、俺の恋人の名前が「出水」だと太刀川が教えていた三人組のうちの一人が彼女だ。それを話の途中で思い出し、咄嗟に誤魔化した。不自然にも思えるそれだが、特に指摘されるわけでもなく、彼女は出水に対し「かわいいねぇ」と笑い掛けてから去っていく。おう、かわいいだろ。

「時間に余裕あるし、食堂でなにか食うか」
「……名前さんさぁ、そういうの無意識っつーか、深く考えてないのは知ってるんだけどさ」
「え、なに?」
「なんでもないです!ばか!」

出水は俺の肩を拳で軽くポカと叩く。この出水の態度が本当に怒っていたり悲しんでいたりするものではなく、むしろ嬉しいとか恥ずかしいとかいう感情を示す態度であることは分かっているから、あまり深く追求するのはやめておこう。それからやっと本来の目的地に向かう。出水は広くて綺麗な食堂にテンションが上がっているようだ。お昼時はすでに過ぎているからか、そんなに混雑はしていない。この前、太刀川がこの広くて綺麗な食堂に七輪を持ち込んで餅を焼いてたぞ。エビフライが乗った日替わり定食に上機嫌に箸を付ける出水を見守りつつ、俺はプリンをスプーンで掬った。



「そろそろ講堂に行くか」
「はい!」

公開授業の科目は毎回変わるようで、今回は日本近代文学らしい。高校生向けの催しということで、しっかりと内容にも手を加えられているそうだ。後ろの方の席に2人で座ると、ちらほらと学生服を着た高校生の人数も増えてくる。隣にも学生が、いや。

「あれ、名前さんと出水じゃん」
「太刀川さん」
「なにしてんの?」
「今回は公開授業らしい」
「へえ」
「……ていうかお前、日本近代文学とか興味あんの?」
「レポート出すだけで単位貰えるんだぜ」

いい授業だろ、そう言って口角を上げる太刀川。出水に「こういう大学生にはなっちゃダメだぞ」と念を押す。無言で頷く出水の複雑な表情が憂いを帯びている。おたくの隊長なんだもんな、こいつ。

それから高校生向けに文豪のトリビアなどの雑談を交えた講義を聞き、あっという間に公開授業は終わった。太刀川は睡眠学習だった。講義の終了と共に目覚めた彼に話を聞けば、いい加減に大学に行かないとこちらにも考えがあると忍田さんに言われたらしい。先程まで寝ていたとは思えないような機敏な動きで本部に向かった太刀川の背中を眺める。忍田さんの気苦労は絶えないようだ。

「おれらも帰りましょうか」

俺にとっての通学路を出水と並んで歩くのは、不思議な違和感を感じる。それは出水も同じだったようで、「名前さんと同級生になったみたいスね」だなんて嬉しそうに笑うものだから、心の中で溜め息を吐く。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。くそ、かわいいな。

「月がきれいですね」

それは、少し前の講義で聞いた文豪の言葉だった。


「あぁ、遠回りして帰ろっか」



20220216修正
6年前くらいに作った夢本の中の1話を一部修正して再掲です。
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