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性転換


(※主の女体化ありです)



「きゃっ」
「あっ、すんません!」


出会い頭に人にぶつかった。衝突とまではいかないが、相手は女性だったらしく、彼女がよろめいたところを焦って抱き寄せた。


「…………」
「…あ、ありがとうございます」
「…………いえ」
「あの、私の顔になにか付いてます…?」


一瞬腕の中にあった彼女は、女性らしい小柄で線の細い体をしていた。柔らかそうな黒髪を長く伸ばして、黒のブラウスに白いスカートを穿いている。フレアスカート?って言うんだっけ、こういうの。


「あんた、名前は?」
「……え」
「名前、言えないの?」
「………さえこ」
「嘘」


俺が彼女の細い腕を手に取ったところで、どこからか太刀川さんと風間さん、それに迅さんが出てきた。にやにやと嬉しそうな太刀川さんと、どこか悔しそうな、納得のいかないような表情をしている風間さんと迅さん。目の前の彼女は、にたりと笑みを深めて腕を組む。うわ、その顔。


「俺と名前さんの勝ちー」
「…流石に無理だと思ったんだが」
「俺も。ていうか、これは普通は分かんないでしょ」
「………嘘でしょ」


ああ、ちょっと。頭が痛い。


「どこで気付いた?」
「…気付いた、って、やっぱり」
「そー、俺だよ、俺」


口角を上げっぱなしでいた女性が、俺の肩に手を置いて顔を覗いてくる。どこか見覚えがあって、ひとつひとつからして整っている顔のパーツと、それらが完璧な位置に配置されているこの顔。そんな人間、そうそういない。…名前さん。そう呟けば、可愛らしい鈴を転がすような声で「正解」と言うもんだから、俺の脳内が混乱に混乱を極めてきた。


「で、なんで分かったの」
「………匂い」
「あはは、犬かよお前は」


俺が「あれ」と思ったのは、ぶつかった時の彼女の匂いだ。同じ柔軟剤の匂いだけなら「たまたま」で終わったが、それにうっすらと残る煙草の匂いに覚えがあった。


「なにがあったんですか、マジで」
「ランダムで換装体の設定を弄るお遊びオプショントリガーってのを借りて遊んでる」
「誰だそんなの作ったの!暇人か!」
「冬島さん」
「あぁ…」
「トリガー解除しても1時間から数時間そのままなんだと。面白いよな」


面白いよな、じゃないよ名前さん。さっき風間さんが中学生くらいになったんだけど、あんまり変わんなかったぞ。けらけらと笑う太刀川さんの頭を風間さんが容赦なく叩いた。今のは太刀川さんが悪い。


「じゃあラーメン奢りで」
「あー、仕方ないなあ」
「ちょっと、俺で賭けしたんすか!」
「名前さんの出来が良すぎたから、流石に気付かないと思ったんだけどさぁ」
「俺は部下を信じてたぞ、出水」
「太刀川さんあんた現金だな」
「ていうか、俺ってそんなに煙草の匂いするの?」


名前さんが自分の腕をすんすんとかいでいる。そんな、目立つわけじゃないんですけど。もうこれが名前さんの匂いっていうか。「どれ」と太刀川さんが、その腕を取ろうとしたのを見て、反射的に名前さんの肩に手を回して自分の方へ引き寄せた。それから、内心焦りながら手をパッと離す俺を見て、太刀川さんと迅さんはにやにやしてる。風間さんは相も変わらず、だが。


「あの、いやっ、ご、ごめんなさい」
「今の普通にキュンとした」
「はいはい分かった分かった、近いうちにラーメンだからね」
「忘れてくれないかな〜」
「あの二人相手にそれは無理だ、諦めろ迅」


解散解散、と三人は散り散りに去っていく。隣にはわざとらしくにやにやと俺を見ている名前さんがいる。


「………さえこって誰っすか」
「俺の母さん」


・・・


「出水が学ランなんだからさ、俺も制服が良かったな」
「名前さんはそれでいいんですか…」
「放課後デートみたいでいいだろ」


前を見ながら歩く名前さんの横顔をまじまじと見る。相変わらずの整いすぎた目鼻立ちと、長かったまつ毛はさり気なく上を向きどこか女性らしさを感じる。白い肌に光が当たって透き通るような美しさを醸し出している様を眺めていると、俺の視線に気付いたのか、名前さんはこちらに顔向ける。うわ、かわいい。


「どうかした?」
「…いや、普通に見惚れてました」
「はは、嬉しい」


それから終始ご機嫌な名前さんと、コンビニでアイスを買って帰宅。リビングのローテーブルに買い物袋ごとアイスを置いて、ラグの上に座った。名前さんは普段からよく食べてるしろくまにスプーンを刺す。だが、すくい上げたそれを口に運ばずに何かを考える素振りを見せていた。視界の端で捉えつつ、俺も自分のアイスを開ける。


「お、できた」
「はい?」
「ほら、これこれ」
「なんで……」


すか、言い切る前に気付いた。座り方だ。普段通り胡座を組んで座っていたはずの名前さんが、俗に言う、ぺたん座りをしている。これには静かな衝撃を感じた。「骨盤がどうとか言うもんね」と感心したように足を見る名前さんだが、俺は内心それどころじゃない。


「名前さん」
「ん?」


呼び掛けて、名前さんがこっちを向いたところで頬に手を添えつつ唇を重ねた。一瞬きょとんとした名前さんは、すぐに目を細めて楽しそうな表情をする。やばい、かわいい。


「珍しいね、お前」
「ほんと、名前さん、ありえないくらい可愛いです」
「うん」


その頷きは「そうだよ」なのか「いいよ」なのかは分からない。身体ごと俺に向いた名前さんの言葉を都合よく解釈し、この仄かに甘い部屋の空気に任せて名前さんをゆっくりとラグに押し倒した。俺の首に腕を回す名前さんを見てようやっと実感する体格差。俺より20センチほど低い身長であることから、大体は想像していたが、実際に触れてみると華奢で女性特有の丸みのある身体に新鮮な感じ、あるいは違和感を感じる。


「こっちの方がいい?」
「こっち?」
「“彼女”ってこと」
「……思ったんですけど、性別とか見た目とか関係なしに、俺は絶対に名前さんを好きになりますよ」


今まで表情に乱れがなかった名前さんの瞳が揺れた。それから照れたように笑いながら頬をかく。あ、それ可愛い。


「俺はたぶん、そんな出水が好きなんだと思うよ」
「…名前さん」


もう一度キスをしようと顔を近づけた時、トリガーを解除した時のようなキラキラとしたエフェクトに動きが止まる。次の瞬間には、ラグの上に散らばった長い髪の毛は消えていた。よく知っている方の名前さんとぱちりと目が合う。戻ったのか。このタイミングで。それが分かるとなんだか無性に力が抜けて、床の上の名前さんに抱き着くようにして首筋に顔を埋めた。ああ、そう、この匂い。


「出水?」
「……名前さん、俺、結構頑張ったとおもうんだけど」
「あぁ、気張った?」
「…うん、気張ったよ」
「よく頑張りました、えらいな」


俺の言葉に全て察したのか、名前さんは俺の後頭部をゆっくりと撫でる。この手だ、俺の大好きなやつ。“彼女”の名前さん相手に、なんというか、頑張らなくちゃいけない感じがしていたんだと思う。それも全部汲み取った名前さんは「どの出水も、俺は好きだよ」なんて、反撃する余地を与えないとでもいうような言葉で俺の脳内をゆっくりと溶かした。


「出水」


俺が埋めていた顔を上げれば、名前さんは俺の重力で下に落ちる髪の毛を横に流しながら、ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスを角度を変えて何度も唇に落とした。それに満足したのか、身体を支えるために右手を床について、俺ごと上体を起こす。そのままぎゅうと抱きしめられたので、俺も名前さんの背中に腕を回した。この力加減だとか、手の感触だとか、耳を落ち着かせる声だとか、やっぱり、名前さんはこのよく知った名前さんがいいなと思った。


「おれ、やっぱり名前さんにキスされるのが好きです」
「……お前、その口説き文句、どこで覚えたの」
「…あ、アイス」



150624
10000hit thanks ゆの字様
出水が“彼氏”を頑張りました。リクエストありがとうございます。
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