WT | ナノ

あるボーダー隊員の話


(※モブ女子視点)


「んあ…」


どうやら眠っていたみたいだ。膝の上には眠る前に買ったばかりの雑誌が置いたままになっていた。そしてその奥に、この間B級に上がって、友人たちと組んだ隊の隊服が見えて、ついため息がこぼれた。


「はは、"んあ"って」
「、え!」
「女子がベンチで居眠りするもんじゃねーぞ。ここ、あまり人が通らねえし」


隣から聞こえた声に反応して横を向くと、そこには私が密かに恋心を抱いてる出水先輩がいた。いや、いらっしゃった。


「い、いいず、いずみ先輩!?」
「吃りすぎ」
「いや、驚いてしまいまして…」
「ていうかおれのこと知ってんだ」
「そりゃあもう…」


私が射手を選んだのも出水先輩の影響だし、学校でも何度かすれ違ったり……とは本人には言えないけど。出水先輩は長い脚を組み換えて、自販機とベンチの間にある空き缶入れに手にしていたみかんジュースの缶を捨てた。


「なんか悩みでもあんのか?」
「え、いや」
「居眠りして、ため息吐くくらいだろ」
「……あ」
「別に無理して言わなくてもいいけど」


出水先輩って見ず知らずの女に、こんなに優しい声で話しかける人だったの!?もう、感動した。しかも話を聞いてくれるらしい。これは、冥土の土産に、最後の思い出になりそうだ。申し訳ない気持ちよりも、まだ出水先輩と話していたいという気持ちが勝ってしまう。そこから私はつらつらと、もうすぐ三門から引っ越さなければいけないこと、せっかく友人と組んだ隊を解散しなきゃいけないこと、を拙い日本語で口にした。出水先輩は黙って聞いてくれた。


「それは、残念だな」
「……はい」
「でも、親御さんも娘が心配なんだって気持ちも、分かってやれよ」
「…はい」
「引っ越しまでまだ時間あるんだろ?」
「あ、はい、すこしだけ」
「目一杯、楽しめよ」


そう言って出水先輩は、ぽんと私の頭に片手を乗せた。な、泣きそう。出水先輩ってこんなに優しい人だったんだ。そんな私の顔を見て話題を変えようとしてくれたのか、出水先輩は私の膝の上にある表紙の雑誌を指差した。


「嵐山さん好きなのか?」
「え、あ…嵐山隊長もかっこいいと思うんですが」


嵐山隊長が表紙のこの雑誌、私の目当ては彼じゃない。出水先輩にこんな話をするのも気が引けるが、こうなりゃ自棄だ。ぱらぱらとページを捲り、そのお目当てのページを開く。


「S級の」
「……名前さん」
「え、あ、」
「名前さん、目当て?」
「は、はい、お恥ずかしながら…」
「お前、」


私の目当ては、S級の名字さん。何度か本部で見かけたことがあるけれど、とにかくかっこいい。決して私は面食いではない。ハズ。出水先輩は何かを考えるように口を閉じてしまった。名字さんのことを知ってるふうだったし、苦手な人とかだったら、ほんとに申し訳ない。


「分かってるじゃねーか!」
「え、!?」
「嵐山さんじゃなくて、名前さん目当てってお前、見る目あるよ、マジで」


勘違いだったようだ。出水先輩の目がキラキラしている。こんな顔もするんだ……じゃなくて。嵐山さんは正統派のイケメンって感じがするけど、名字さんはこう、影があるというか、アンニュイな雰囲気がかっこいいじゃないですか。そんな語彙力のない私の発言に出水先輩はうんうんと頷いてくれた。


「出水先輩はこれ読みました?」
「うん、まぁ」
「名字さん、彼女さんがいるんですね……あ、いや、羨ましいとかでは決してなく、意外だなあって!」
「あー……そうだな、意外といえば意外か」
「どんな人なんでしょうね」
「なんつーか、まぁ、名前さんも幸せそうだよ」


出水先輩は、そう言って口角を上げる。それからポケットのスマホを確認した先輩は、私に「じゃあ、またな」と言って歩いて行った。元から接点もなく、ましてや会話なんてする日が来るなんて思ってもみなかった。後ろ姿でさえかっこよく見える。

またな、なんてただの社交辞令なんだろうな、と思ったが、驚くことに、出水先輩は学校や本部で私を見かけると話しかけてくれた。友人には「あんた、なにがあったの!?」と驚かれたが、内緒にしておこう。そんなこんなで、引っ越しまでの期間を思ってもみない程に充実させることができた。ありがとう、出水先輩。そのお礼を一言言いたくて、出水先輩と話すきっかけを作ってくれた自販機横のベンチに向かってみる。いないだろうけど、いたら、嬉しいなぁ。


「出水ー」


この角を曲がれば自販機だ、というところで知らない男の人の声がして足を止めた。出水、って言った、よね。誰かと話してるなら邪魔はしたくない。こっそりと、壁から向こうを覗いてみると、そこには名字さん、名字名前さんがいらっしゃった!う、うわー、かっこいい!というか、ベンチで俯いてるのは出水先輩だ。もしかして、寝てる?その出水先輩の前に、名字さんがしゃがみこんで声を掛けている。起こそうとしているらしい。頭を掻きながら立ち上がった名字さんは、俯く出水先輩の顔を覗き込むようにして、キスをした。


「え」


慌てて口を押さえたが時すでに遅し。私の声に驚いたように振り返った名字さんと数秒見つめ合う(幸せ)。ハッとしたように名字さんは早足で、しかし足音を立てないように私の方へ歩いてきた。


「…………見た?」
「………それはもう、バッチリと」
「………………」


しまった、とでも言うように額を押さえた名字さん。近くで見ると、想像以上にかっこいい。むしろ、麗しい?それも声に出てたようで、名字さんは一瞬目を見開いてから、眉を下げてくすりと笑った。


「きみ、あいつの友達?」
「え、あの、友達という訳ではないんですけど、最近お話をしてもらってて…」
「そうなんだ」
「あの、雑誌で言ってた、恋人って」
「あー…あれね、そうだよ。出水のこと」


ここら辺は人通りが少ないからまさか見られるとは思ってなかったなぁ、と笑う名字さん。そうなんだ、恋人って。


「なんか、ごめんね」
「え、なんでですか?」
「……きみ、出水のこと好きじゃないの?」
「あ…それは、出水先輩のことは好きでした、けど、名字さんのことも憧れといいますか、ファンだったので」
「雑誌も読んでくれたんだっけ。ありがとう」
「いえ、そんな、滅相もない…!」
「強要はしないけど、あまり言いふらさないで貰えると、嬉しいというか、なんというか…」


申し訳なさそうな名字さんに、こくこくと頷く。そんな私に、ありがとうと言って微笑んだ名字さん。か、かっこいいもの…。


「なにか用があったんじゃない?出水のこと起こす?」
「いえ、そんな……あ、じゃあ伝言お願いできますか」
「別にいいよ」
「出水先輩のおかげで目一杯楽しく過ごせました、ありがとうございます、とお伝えください」
「りょーかい」


名字さんの話をする出水先輩の目がキラキラしていたのも、こういう理由があったんだと、今になって納得した。大好きなんだなぁ。あの時言ってた「名前さんも幸せそうだよ」って、そういうことなんだ。


「出水先輩が、幸せだって言ってました」
「ん?」
「じゃあ、私はこれで!」


首をかしげる名字さんを横目に見て、深々とお辞儀をしてからラウンジに向かって走る。出水先輩とはお話は出来なかったけど、今の私の機嫌は絶好調だ。これからも元気に過ごせそうな気がした。


「あんた!これから打ち上げするよって言ってたのにどこ行ってたの!」
「へへ、ごめん」
「なんでそんなに嬉しそうなのよ」
「好きな人と憧れの人がね、幸せそうだったから、私も幸せだなぁって」
「はぁ?」


・・・


「ん、…名前さん?」
「この、ねぼすけ」
「はい?」
「女の子がお前に、伝言」
「おんなのこ?」
「出水先輩のおかげで目一杯楽しく過ごせました、ありがとうございます。ってさ」
「………あぁ、そっか、良かった」


160219
記念小説にする予定のプロットだったのですが、モチーフ統一にしようと思ってボツになったものです。地味に頭を撫でる癖がうつってる出水。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -