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誕生日


「いやー、食べた食べた」
「お前さぁ」


満足げな太刀川さんの横で名前さんが呆れた顔をする。9月21日。敬老の日、シルバーウィーク。どれも正解で正解じゃない。今日は俺の誕生日である。誕生日だからと、槍バカと模擬戦をしていた所に太刀川さんが声をかけに来た。それは確かに「焼肉を奢ってやる」というものだった、はずだ。


「なんで俺がお前の分も払ってんだ」
「よっ、流石S級」
「このやろう」
「俺に捕まったのが運の尽きだなぁ」
「単位落とせ」


太刀川さんのすぐ後に現れた名前さん。俺に声を掛けようとしたところを太刀川さんに捕まり、名前さんと太刀川さんに米屋っていう面子で焼肉を食べに行くことになった。しかも会計時には、財布に2000円しか入ってなかったと言う太刀川さんの頭をぱこんと叩いて、名前さんは溜め息を吐きながら会計を済ませていた。俺と槍バカが財布を取り出せば「お前らは黙って奢られとけ」と言う名前さんほんとかっこいい。惚れそう。いや、惚れてるんだけど。


・・・


あれから、太刀川さんと米屋は食後のランク戦だとか言って本部に戻って行った。そして俺は今、名前さんの家のソファに埋もれている。


「誕生日ケーキ買ったんだよ」
「ケーキ?」
「ほら」


じゃーん、と口で言いながらよく見るケーキ用の白い箱を俺に見せる。中にはスクエア型のデコレーションケーキが入っていた。生クリームとたくさんのイチゴで飾られたそれの中央には、“こうへいくん おたんじょうびおめでとう”というチョコプレートが置かれている。


「ロウソクふーやる?」
「言い方かわいいっすね」
「うるせー」


9と2と1のロウソクしかないけど、そう言って箱にテープで固定されていた袋の中からカラフルなロウソクを取り出してケーキのイチゴとイチゴの間に差していく。そして、名前さんはジーンズのポケットに手を入れ、何かを考えるように動きを止めた。数秒の間を置いて立ち上がった彼は寝室に向かって、ジッポライターを手に戻って来た。


「ライター探してたの?」
「そうそう」


もう持ち歩いてないのにポケット探しちゃった、と笑う名前さん。かわいい。名前さんは煙草を吸う時はマッチを使っていたはずだけど、ライターも持っているのか。以前、なぜマッチなのか聞けば、火の付け方で味が違うらしい。かっこいいからとかではなかった。名前さんがOKサインを出し、ゆらゆらと揺らぐ小さな灯火を吹き消す。ロウソクを消した時の独特な匂いが、誕生日って感じがして嫌いじゃない。


「これ、プレゼント」
「え」
「欲しいもの聞けばよかったんだろうけど、お前ちゃんと答えなさそうだし」
「どういうこと?」
「じゃあ、欲しいものある?」
「名前さんがいればそれで!」
「ほらな」


控えめに口角を上げた名前さんは、手のひら程度の大きさの茶色い箱を俺に手渡した。うわ、箱からしてなんか高そう。黙って名前さんを見やれば、笑いながら開けることを促される。主張しすぎない細いリボンを解いて、箱を開けた。


「キーケース?」
「そう、これなら普段使いできて良いと思って」
「これ本当に貰っていいの…?」
「いや、貰ってよ。中も見て」


黒の革製に金色の金具がとても映えるそれを箱から取り出した。ロゴを見て、やっとそれが名前さんの財布と同じブランドのものだと気付く。ぱちん、とボタンを外しキーケースを開けば、6個あるホルダーに1つの鍵が付けられていた。


「名前さん、これ、これって」
「うちの鍵。いらない?」
「い、いる、いる!」
「これからはいつでもインターホン押さずに入ってきていいよ」
「あの、…でも、いいの…?」
「本当は前から渡そうと思ってた」
「名前さん!!」
「うおっ」


嬉しさを言葉にするよりも先に、体が動く。名前さんの首に腕を回し抱きつけば、思ったよりも勢いがついていたらしく、その体勢のまま名前さんが背中をラグの上に倒した。そのままでいると、名前さんはいつものように俺の後頭部を撫でてくれる。


「名前さん、好き、大好き」
「うん、知ってる」
「名前さん」
「俺もちゃんと好きだよ」


俺が横に手をついて体を離すと、丁度名前さんを押し倒してるような体勢になる。あ、しくじった。そこから気の利いたアクションなんて経験皆無に等しい俺にはできない。


「出水くんたら大胆」
「っちが!」
「ねえ、出水」


楽しそうに茶化してくる名前さんが、一瞬目を伏せてから俺を見据える。その凛とした空気に、押し黙るように瞳を見つめ返す。するりと頬に触れる手はいつもより冷たかった。


「生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとう」
「…名前さん」
「誕生日、おめでとう」


名前さんは笑顔で俺の背中に手を回しながら起き上がる。そのままぎゅうと抱き締められ、腕の中に収まりながら俺もそっと腕を回した。


「…名前さん、ドキドキしてる?」
「あーもう!聞くな聞くな!」
「あ、手がいつもより冷たいのも」
「…なんで余計なことに気付くかな」
「名前さんだからだよ」
「……そうだよ、緊張してる」
「名前さんでも緊張するんだ!」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」


表情は見えないけど、きっと不服そうな、文句を言いたげな顔をしていると思う。俺の鼓膜を揺らす早めの心音も、冷たい手のひらも、全て緊張から来ているものだと知る。


「…任務がなかったらレストランとかホテルとか予約したかったんだけど」
「いや、そんな、そこまで」
「ドレスコードあるような店で」
「……プロポーズみたい」
「する?」
「そ、それはまだ、取っておきます」
「そうか、残念」


軽い口調の名前さん。思い出したように「ケーキ食べようか」と言う。そして体を離す前に、俺の唇にキスを落とした。


「誕生日おめでとう、出水」
「ありがとう、名前さん」



151001
出水くんお誕生日おめでとう!!!!(勢いで誤魔化す作戦)
今日は10月1日だ!!!
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テーマ「人外ファンタジー」
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