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07


予鈴が鳴っても後ろの席の人物はやって来ないことを不思議に思っていると、ホームルームの時に担任から及川が風邪を引いて欠席したということを聞いた。


「岩泉、一緒に昼飯食おう」

「及川は休みか?朝練来ねえから遅刻かと思った」

「風邪だって」


5組の友人を訪ねると、周囲から物珍しげに見られる。なんでこんなに見られてるんだ。「名字くんだ」という女の子の声がしたので、その子の方に視線を向けて笑顔で手を振ってみる。女子のグループ内できゃーという声が上がった。なるほど、これが。


「及川の真似」

「だろうと思った」


若干呆れを含んだ表情の岩泉の机に手に持っていた弁当箱とスマホを置いて、近くの席から誰にも使われていない椅子を適当に拝借する。


「名前、電話来て…及川から」

「マジで?あ、ほんとだ……もしもし及川?」

〈…名前ちゃーん〉

「すごい鼻声じゃん。大丈夫?」

〈おいかわさん辛いし心細いし人肌恋しいしで死んじゃいそう…〉

「そんなんじゃ人は死なないから安心しろ」

〈その声はいわちゃん…!名前ちゃんが俺がいないからって岩ちゃんと浮気してる…〉

「そんな冗談言う元気あるなら大丈夫だべ」

〈うそうそちょうつらいよ〉

「うん、じゃあ一旦切るわ」


及川がまだなにか言ってたようか気がしたけど。スマホをそのままブレザーのポケットに入れて、まだ開いてもいない弁当箱を持ち立ち上がる。


「一旦ってそういうことかよ」

「ごめんな、岩泉。一緒に食おうって言っておいて」

「それは別にいいけど。お前、及川にほんと甘い」

「みんなに言われるけど、別にそんなことないって」

「無意識かよ……ん、名前」

「なに?お小遣い?」

「ちげえよ。及川に差し入れでも買ってやってくれ」

「岩泉くんおっとこまえ」


岩泉が財布から500円玉を出し、俺に渡す。それをそのままポケットに入れて、じゃあ、と5組の教室を後にして自分の教室に戻る。ポケットに小銭を直に入れるのは気が引けるので、自分の財布に移しておこう。荷物をまとめて、近くにいたクラスメイトに先生への伝言を頼んでから学校を出た。


「ねえ、岩泉くん」

「ん?」

「…名字くんと及川くんっていつもあんな感じなの?」

「……あぁ」

「………なるほどね」


コンビニで軽く買い物をして及川の家へ向かう。あ、岩泉からの500円はきっちり使わせて頂きました。そして及川家に着いたはいいが、ひとつ問題があることに気付いた。この時間だとこの家には及川一人しかいない。玄関の鍵を開けられるのは及川本人しかいないことになる。ああ、流石に病人をわざわざインターホンで呼びつけるなんて俺には出来ない。こうなったら偶然と言う名の奇跡に賭けて…


「やば」


そんな事あるわけないと思いつつもとりあえず玄関を開けて見ると、それは何にも邪魔をされることなくすんなりと開いた。まさか今日に限って鍵の締め忘れだろうか。結果オーライとして、見慣れた玄関から及川の部屋に向かった。扉を静かに開けて中の様子を窺うと、布団に横になる及川が部屋の中心にいた。


「…ん、名前ちゃん……?」

「うん」

「ほんとに来てくれたんだ」


超嬉しい、と笑う及川。弱々しすぎて心配になる。いや心配してなかったとかじゃないけど、あんな電話を掛けてくる元気があるとは到底思えない。


「あ、玄関の鍵閉まってなかったよ」

「電話の後、名前ちゃんが来てくれると思って開けておいたの」

「玄関と部屋の間で及川が倒れてなくて良かった…そうだ、お腹空いてない?」

「空いたよ〜」

「ゼリーとか買って来たけど、なに食える?」

「名前ちゃんのおかゆがいいなあ」

「お粥ね、いいよ。じゃあ台所借りるわ」


恐らく及川が朝に飲んだであろう見慣れたパッケージの薬がテーブルの上にあった。確かあの風邪薬は1日三錠朝昼晩食後だった気がするしちょうどいいだろう。買い物袋の中身を冷蔵庫に入れて、台所を拝借してお粥を作る。たまご粥にしよう。


「及川、できた」

「あーん」

「ばか」


布団の横にあるテーブルの上にお盆をのせる。よいしょ、と上半身を起こす及川を見ながら、俺は手を付けずにそのまま持ってきた弁当を広げた。


「名前ちゃん、お昼食べてなかったの?」

「うん、そうだけど」

「…てっきり食べてから来たんだと思った」

「なんでだよ。帰んぞ、いいのか」

「ちがうってば!名前ちゃんって変なところで鈍感だよね…」

「は?なんでも良いから冷める前に食べなよ」


無理して全部食うなよ、と釘を刺したがぺろりと完食した及川。…食欲はあるらしい。岩泉の差し入れである(選んだのは俺だけど)ゼリーも食べて満足げな及川に薬を飲ませ、布団に横になるよう促した。


「…名前ちゃんもう帰っちゃうの?」

「帰って欲しい?」

「そんなわけないじゃん…人恋しんだよおれ」

「仕方ないな、手でも握っててやろうか?」

「…えっ……うん」

「そこノるんだ」


熱のせいなのか分からないけど、顔をほんのり赤くして及川は頷いた。風邪を引くと人肌恋しくなるっていうしな。わかるわかる。皺にならないようにブレザーをブランケット代わりにして、布団の横に肘をついて横になり、片手で及川の手を握ってやる。


「寝ろ」

「難しい強要の仕方だね…」

「じゃあ俺もお昼寝するから、おやすみ及川」


瞼を閉じて、今日の岩泉の言葉を思い出す。飛雄とか国見くんにも言われた「俺は及川に甘い」という言葉。そんなことないと思ってたけど、例えば及川じゃない奴が人恋しいと言っても俺は手を握ってやろうか、だなんて言わないし思わない。どうやら、やはり俺は及川に甘いらしい。幼馴染だからか。その理由を考えようとしたところで、俺の意識はとろとろと微睡んでいったのだった。


140705
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