06
「……………」
「名前ちゃ、」
「帰る」
ああ、やってしまった。眉間に深くしわをよせ、瞳孔を開いた名前ちゃんはくるりと振り返り大股で歩いていく。ああ、やってしまった。ことの発端はインターハイ予選の決勝戦だ。青城は悔しくも白鳥沢に敗れた。試合に対しての労いの言葉を掛けてくれた名前ちゃんに口が勝手に動いてしまった。
「名前ちゃんみたいな人には俺の気持ちはわからないよ」
その時の名前ちゃんの表情が脳裏から離れない。怒りと悲しみがない交ぜになった表情。こんなこと、中学の頃にもあった。今回のように試合で負けた俺を励ましてくれた名前ちゃんに「なんでもできる天才だと悔しい思いもしないのかな」なんて自傷と皮肉を含んだ台詞を呟いてしまった。その時は名前ちゃんに胸ぐらを掴まれて一喝されたんだっけ。「俺みたいな評価をされるスタートラインにすら立つことをしない奴なんかと比べんな。及川徹って人間を侮辱するとぶん殴るぞ」って殴られたんだよね。怒った名前ちゃんは積極性が増すのだ。
「及川、お前いま
名前と喧嘩してんのか?」
「え、」
「こっちのクラスでも噂になってんだよ。お前らが喧嘩してるって」
「それがさ…」
岩ちゃんに事情を話すと、気持ちは分からんでもないがそれはお前が悪いと言われる。だよね。早く謝った方がいいって思うじゃん?名前ちゃん、完全に俺のことスルーしてるんだよね。朝だってヘッドフォンで周囲の雑音シャットダウンしてるしお昼も別の友人と足早に学食に向かうし移動教室だって。「周りのために早く仲直りしろよ」と言われるが、そりゃあ俺だってできることならそうしたいよ。でも避けられてるし。いや、そんなんじゃあダメだ。土下座する勢いじゃないと。というわけで今日は部活が休みなので放課後そのまま名前ちゃんの家までやって来た。うん、部活が休みの日は名前ちゃんと帰ってたのにな。インターホンを押すと、扉が開いて名前ちゃんが立っているのが見えた。
「…名前ちゃん」
「………」
「あっちょっと!」
無言で閉めようとするから、反射的に閉まる扉に右手を入れてしまった。すると手が挟まる寸前で、扉が止まった。
「名前ちゃ、」
「おまっ、馬鹿じゃないの!?挟まって怪我でもしたらどうすんだよ!お前は主将でセッターだろ!馬鹿か!!」
名前ちゃんの大声、久しぶりに聞いたなぁ。そんな他人事のように思っていると名前ちゃんがもう一回「馬鹿か!」と叫んだ。彼も相当、というか俺の何倍も焦ったようで少し涙目だった。その表情に申し訳なさやら愛おしさやらが込み上げて本能のままに勢いよく抱き付いてしまえば、名前ちゃんは態勢を保てずによろめいて尻餅をついた。
「いてえな、ふざけんなや」
「うん、うん、ごめんね名前ちゃん、ごめんね」
「……はあ」
抱きついたままの俺の頭を撫でながらため息を吐いた。
「名前ちゃんがそんなに俺のこと考えてくれてるなんて知らなかった」
「………」
「…この前も、あんなこと言ってごめんね」
「……うん」
「俺のこと、誰よりも一番に気にしてくれてるのに、本当にごめん」
「…………はあ」
またため息を吐いた名前ちゃんは何も言わずに俺の背中に腕を回した。こういうところ、凄くイケメンだと思う。
「俺は及川じゃないし、バレー部でもないからお前の気持ちなんて分かんないよ」
「うん」
「あー、なんて言えばいいのかな。及川が悔しいと俺も悔しいし、及川が嬉しいと俺も嬉しいよ」
だからあんなこと言わないでよ、小さな声で呟かれたそれはこの体勢のおかげもあってしっかりと俺の耳に届いた。首に回した腕の力を強めると、名前ちゃんは笑いながら「苦しいな馬鹿」と言った。
「…は、え、及川なに泣いてんの?」
「だ、だってなんか嬉しくて、勝手に…」
「泣き虫」
「……お前らなにやってんの」
「「え?」」
後ろを振り向けば、玄関の扉は完全に開いていて、もう一人の幼馴染である岩ちゃんにが仁王立ちしていた。
「名前、いくら腹立つからって泣かすのは…」
「えっ!?いやいや違うよ岩泉、そんなに性格悪くないし!」
「分かってるよ。電話しても二人とも出ないし、なんかあったんじゃないかと思って来て見ただけ」
「脅かすなよ…」
「この状況は仲直りしたってことだな」
「うん」
「そうか。じゃあ行くぞ及川、離れろ」
「やだよー!離れたくないよー!」
「お前は彼女か!名前、エプロンしてるってことは晩飯の準備してたんだろ?こいつ連れて帰るから」
「あぁ、うん……食ってく?今日、両親帰ってくるの遅いから一人なんだよ」
名前ちゃんの言葉にいち早く頷くと、後ろで岩ちゃんがため息を吐いたのが分かった。そして名前ちゃんの「一人より三人の方が美味しいし」という言葉に折れたようだ。
「お前、ほんと及川に甘い」
「そんなことない」
「及川を腰に引っ付けながら言う奴の台詞じゃねえよ」
140702
IH予選ぶっ飛ばしてしまった…