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04


「へえ、こっちまでくるんだ。いつ?…あぁ、大丈夫。久しぶりに顔見に行くわ。場所は?…おう、じゃあな」


お茶の入ったコップを片手に電話をしている名前を、及川が不満げに眺めていた。


「名前ちゃん、話し相手誰?」

「お前は重たい彼女か」

「だって名前ちゃん超穏やかな顔してたんだもん!」

「ただのいとこだよ、いとこ」


そう答えると「なんだただのいとこかぁ」と笑顔になる及川。なんて単純なやつなのだと思うと少し申し訳なくなった。ほんの少し。まぁそれは置いといて、目の前のカレーライスが冷めてしまう前に食べてしまおうと、スプーンを手に取った。


「…ていうか、なんで及川がうちにいんの?」

「気になるの遅すぎじゃない?」

「カレー冷えるよ」

「名前ちゃんママのカレー大好き」


ここは名字家のダイニング。うちの無駄に大きな食卓テーブルの向かいにはスプーンをくわえたジャージ姿の及川がいる。そんなに愛想を振りまかなくてもうちの家族は及川が大好きだけどな。小学生の頃から家族ぐるみの付き合いをしていたのもあるけど、父さんなんてこの前「徹くんはいつうちの養子になってくれるんだろうね」なんて言っていた。


「徹くんちが今日は誰もいないそうだからうちに来なさいって言ったのよ、さっき家の前で会ったから」

「母さん」

「やっぱりお母さんのカレーとっても美味しいです」

「お前さ、お母さん呼びはアレだろ。生々しいだろ、なんか」

「徹くんは煽てるのが上手ね、いつでも養子になっていいのよ」

「そのネタほんと好きだね」

「じゃあ、お母さん夜勤だからね」

「うん、いってらっしゃい」


看護婦の母さんを笑顔で送り出す。なんでうちの両親は及川を養子にしたがるんだ。以前、兄弟なら岩泉がいいよと言ったら母さんに「一くんは旦那さん」と言われたことを思い出してちょっと笑っちゃった。


「名前ちゃんパパは?」

「父さんは名古屋に出張。泊まってく?」

「えっあっえ、いいの!?」

「あ?別にいいけど」


そうして泊まっていくことになった及川は一旦家に帰って荷物を取りに行った。明日からうちの学校もGW合宿だそうだ。その間に風呂を沸かして、帰ってきた及川を脱衣所に押し込んでから俺は洗い物を済ませる。


「名前ちゃん上がったあ」

「髪型変えたの?」

「濡れてるだけだよ!」

「もうイメチェンレベルだよ及川。ドライヤーどこにあるか分かるべ?」

「うん」

「乾かしといて。じゃあ俺入ってくるから」


いってらっしゃーいと手を振る髪の毛ぺったんこ川。あれ、ていうかあいつの髪型ってセット?クセ毛?寝癖…のまま学校行くような奴ではない気がするし。まあいいや、本人に訊くまで分からないだろうけど訊くのも面倒だし。このまま考えてたら答えが見つかる前に俺が逆上せるから上がろう。


「あ、名前ちゃんおかえり」

「うん……なに?」

「及川さんが髪の毛を乾かしてあげよう」

「まじでか、ラッキー」


手間が省けたことを喜んだ俺は、ドライヤーを片手にソファーに座る及川の前に腰を下ろした。心地よい温風が髪の毛を揺らす。


「俺、名前ちゃんの髪の毛大好き」

「そうなの?」

「真っ黒でストレートで、すごく綺麗」


及川が俺の髪の毛を手で梳く。


「はい、終わり!」

「ありがとう、及川」


テレビを付けても特に面白い番組もやってないし、明日も朝練があるということで早めに寝ることにした。


「名前ちゃん一緒に寝よう!」

「嫌だよ、暑苦しいな」

「名前ちゃんは子供体温だけど俺って体温低めだしひんやりしてるよ?」

「あー…」

「ちょっと迷ってる!」


来客用の布団を運んでくるのは面倒だし…と俺のベッドの前で考え込んでいると、及川が俺の腰に抱き付いて、その勢いのままベッドに倒れ込んだ。


「このやろう」

「うへぺろ」

「立ち上がるの面倒だしもういいよ、お前電気消してこい」

「やったー!」


上機嫌で電気を消して戻ってくる及川。いま気付いたけど狭くない?別に寝れない訳じゃないからいいの?知らね。あ、こいつほんとに体温低いんだ。


「おやすみ及川」

「うん、おやすみ」




暗闇に目が慣れてきた頃、目の前で眠る名前ちゃんの顔を見る。綺麗な顔。名前ちゃんはどこもかしこも綺麗なんだ。手だって、バレーの練習ばっかりしてきた俺の手とは全然違う。


「……寝れないの」

「名前ちゃん、起きてたの」

「…及川さ、なんか悩んでると俺にくっつきたがるんだよ。気付いてた?」

「…まじで」

「まじで」


暗闇の中で、名前ちゃんが目を開けたのが分かった。あの綺麗な手で俺の頭を撫でる。


「……大会前とかな。分かったようなこと言えないけど、」

「うん」

「コートの中にはチームメイトがいるし、外には俺がいるから。なにかあったら思いっきりぶつかってきたらいい」

「………」

「そのくらい許されるぐらい、お前は頑張ってるよ」

「…名前ちゃん、」

「ん」


名前ちゃんのもうほんと眠いからあとは好きにして、という意思が伝わってくる。言葉に甘えて、名前ちゃんにくっついて瞳を閉じた。


朝起きると、名前ちゃんは同じ体勢のまま寝ている。彼を起こさないようにベッドから抜け出してリビングに行くと、ラップに包まれた朝食と、紙袋が置いてある。紙袋の中には、「朝練終わったら食べる用と昼飯な」という名前ちゃんの文字が書かれた付箋が貼ってあった。合宿で帰ってこない俺のためか、弁当箱は使い捨てができるプラスチックの物だ。名前ちゃん、作ってくれたんだ。準備が終わったら、俺を起こさないように再びベッドに戻ってきた名前ちゃんがとても愛おしい。ああもう名前ちゃん大好き。昨日からもやもや曇っていた心は嘘のようにスッキリとしていて、名前ちゃんの朝食を食べてから荷物を持って朝練に向かった。


「及川さん、なんかご機嫌ですね」

「んふふ、そう?」

「………あ、」

「どうしたの?国見ちゃん」

「及川さん、名前さんと同じ匂いがしますね」

「そりゃあね!」


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