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09


先日連絡先を交換した赤葦くんから試合を観に行かないかと誘われた。特に予定もなく、断る理由も無かったので了承すると「名前さんに断られたら一人寂しく隣の空席を見ることになってたので嬉しいです」と返されて笑ってしまった。めちゃくちゃ断りにくいじゃん。

「赤葦くん、おまたせ」
「名前さん」
「MSBYじゃなくてアドラーズなんだ」
「はい。MSBYは昨日帰ってしまったので」

先日の飲み会で木兎くんに会えたから、今日もMSBYがこっちで試合をやるものだと思っていたが、それは少し前の話だったらしい。最近は何かと予定があって試合の日程を確認する暇もなかったな。
赤葦くんにチケット代を渡そうとすると「誘ったのは俺なので」とやんわりと断られてしまった。これがモテる男ってやつだと思う。流石に申し訳ないので、代わりに試合後に俺の奢りで何か食べに行こうという案を飲んでもらった。

「木兎くんのサイン貰おうと思って色紙買ってきちゃった」
「あはは、あの人なら言えばいつでもしてくれますよ」

試合はアドラーズの勝利で幕を閉じた。赤葦くんが選手たちの細かな動きの解説をセッター目線でしてくれて、試合の解像度がかなり上がった。やっぱり経験者は違う。至れり尽くせりである。

この後は何を食べに行こう。少ない店のレパートリーを思い出しながら会場を出る観客の後に続く。横目で飛雄がファンに手を振り返している姿を見ながらほっこりしていると、ばちりと目が合った。

「あ、名前さん」
「……よく気付くな」
「?名前さん目立ちます、し……」
「影山、久しぶり」
「エ、赤葦さん……は?」

俺の後ろから顔を見せる赤葦くんを認識した途端、ぴしりと動きを止める。それから何度も俺と赤葦くんを交互に見て、もう一度「は?」と言った。まぁ確かに分からなくもないよ、飛雄の気持ち。

「鉄朗……音駒の黒尾サン繋がりで」
「俺が名前さんのファンなんだよ」
「……はあ?」
「そういう素直なところは良いと思うよ」
「はは、たまに凄く分かりやすくなりますよね」
「うす」
「俺の写真の話な」

そこで飛雄はやっと納得したような顔をしてみせた。本当に分かりやすくて良い。影山選手にサインもお願いしちゃおうかな。トートバッグから色紙を取り出して手渡せば、飛雄は嫌な顔1つせずサラサラとサインしてくれた。

「名前さんへ……名前ちゃんへにしますか」
「なんで?」
「なんとなく」
「名前チャン?」

低く丁寧な声が俺の名前呼んだ。隣の赤葦くんが「え」と短く声を出したことに気付き、飛雄の手にあるマジックのペン先から恐る恐る視線を上げる。

「牛島さん」
「名前チャンと言ったか」
「えぇ、まぁ、はい」
「その響きに聞き覚えがある」
「聞き覚え?じゃあ多分、及川さんじゃないすかね」

え、なに?牛若チャン選手が俺を見ながら、数秒なにかを考えているような素振りを見せた。うわぁ、本物だ。まぁ初めて見るわけじゃないけど。なんなら宮城にいた時から知ってるし。

「俺は君を見たことがあるな」
「え、俺?」
「体育館に応援に来ていただろう」
「いやぁ、流石に人違いじゃないですかね」
「3年間、青城の試合中に観客席以外で1人の青城生を見掛けていたから記憶に残っているんだが」
「俺で間違いないのでその話はここまでで」

それは俺が墓場まで持っていくつもりの話だ。強者の観察眼と記憶力のことを考えていなかった。ふとした出来事で記憶を呼び起こしてしまう可能性を考慮して、宮城県出身の選手とはあまり接点を持たないようにした方が良いだろうか。いや、その前にどんな会話したら俺の名前が出てくるんだ。

「記憶が定かではないが、悪い話ではなかったはずだ」
「それならまぁ……いいのか……?」

記憶が定かじゃない時点で、記憶に残るほど強烈で突拍子もないことは言ってなさそうだ。少し安心。それはそれで、尚更どんな会話をしたら俺の名前が出てくるのか想像も出来ないし、あまりしたくはない。深く考えるのはやめよう。

それから、流れで影山と牛若チャン選手と写真を撮って貰った。撮影した赤葦くんが「ここだけ超宮城ですね」と笑っていた。


20220419
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