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08


「名前、明日の夜とか暇?てかラインやってる?」
「明日は彼女とデートだしラインはやってないよ」
「こいつ嘘しか言ってないんですけど」

何の違和感もなく俺の部屋で夕飯を食う鉄朗。もしかして一緒に住んでたっけ?と錯覚するくらい馴染んでいると思う。そんな彼は自分が買い食いする時に、わざわざ俺の分まで用意してくれてるらしい。

「別に予定はないよ。ただ、天井眺めてようかなって」
「その奇妙なルーティーンなんなんだよ」
「良く言えば精神統一だから」
「良く言い過ぎでしょ……じゃなくて、高校時代の友人?と飲むから名前も来ない?」
「いや、なんでそこで俺?」

高校時代の友人と飲むまでは分かる。そこで俺を誘う動機が分からなさすぎて怖くなっちゃった。しかも友人?ってなに。友人ですらない可能性すら出てきたんだけど。別に極度の人見知りってわけではないが、そんな旧友水入らずの場に初対面の俺が混ざるって、どういう状況?

「まぁまぁ、俺の頼みだと思って」
「……行ってみたら合コンだったとかない?」
「わざわざ合コンに自分よりイケメンを連れてくわけないだろ」
「そう…………なの?」





「お兄さんこれから暇ですか?」
「いや、暇じゃないですね…」
「えぇー!」

俺の方ががえぇー!と言いたい。絶賛迷子中なので、という言葉はなんとか飲み込んだ。そもそも、新宿駅で待ち合わせと言われた時から嫌な予感はしていた。改札多すぎ、人間多すぎ、帰りたすぎ。東口改札まで迎えに来てくれると言っていた鉄朗が一向に現れない。しかも知らない女の人に話しかけられるし。

「名前!」
「あ、鉄朗」
「もう!アンタは!」

近くに居た女性は鉄朗の気迫に驚いたのか、気付いた時には居なくなっていた。

「東口って言ったでしょーが」
「え、ここ東口じゃん」
「見てみ」

素直に鉄朗が指差す先を見ると改札があった。その上部には中央東口改札の文字がある。え!と短く声を出す俺に、鉄朗はニヤニヤと笑うだけだ。

「都会やだ」
「この4年間そんなこと一切言わなかったじゃん」
「東京駅はここから……」
「宮城に帰ろうとしないの!」

鉄朗はぶひゃひゃと笑いながら、改札へ引き返そうとする俺の肩を掴む。そのまま迷いのない足取りで目的地のイタリアンバルまで誘導された。流石、シティーボーイは違う。格の違いを見せつけられたような感じがする。鉄朗の名前で予約されていた個室に入ると、既に彼の友人らしい人物が席でスマホを眺めていた。

「流石、早いな」
「こんばんは……?」

少しクセのある黒髪に眼鏡をかけた彼は、ぺこりと頭を下げる。

「こちら、高校時代バレー仲間だった赤葦京治クン」
「はじめまして」
「んで、こっちは俺の従兄弟の名字名前クン」
「こちらこそ、はじめまして」

赤葦くんがにこりと微笑む。良い子そう。いやでもますますこの状況が謎すぎる。内心困惑している俺を余所に、鉄朗が飲み放題のメニューを開いて「何にする?」と聞いてくる。自由か。とりあえず生で。

「んで、なんだっけ。赤葦は名前のファンなんだっけ?」
「えっ」
「まぁ、掻い摘んで話せばそうなりますね」

そこは掻い摘ままないでほしい。赤葦くんはリュックを漁り1冊の本とマジックを取り出した。見覚えのある表紙をめくり、俺の前に差し出す。

「初対面で不躾な真似をして申し訳ないのですが、サインを頂きたくて」
「えぇ」
「……ダメでしょうか」
「いや、それは全然ダメじゃないけど、え?どういうアレで?」

俺の反応に眉を下げる赤葦くん。これは可愛い後輩タイプかもしれない。困惑する俺に、赤葦くんは経緯を説明してくれた。現在とある大手出版社でインターンを行なっている彼は、以前行われた写真コンテストの記事を偶然見たらしい。そこで受賞作として掲載された俺の写真に心を奪われたという。それから雑誌やSNSで俺の写真を見てくれていたらしいが、ついこの前コヅケンがアップした写真の撮影者が俺だったことにかなり驚いたとか。

「で、孤爪に連絡したら、名前さんは黒尾さんの従兄弟だという話を聞きまして」
「なるほど……」
「黒尾さんに頼み込んで飲み会をセッティングして頂きました」
「えと、そんなに……良かった……?」

ガタンと音を立てて赤葦くんが立ち上がった。黙って立ち上がった彼を見つめていると、赤葦くんは開きかけた口を閉じて静かに座り直した。

「……すみません、勢いで立ってしまいました」
「あはは、赤葦くんおもしろ」
「こほん……あの、僕は全く写真に詳しくはないんですが、初めて心から良いなぁと思ったんです」
「名前がSNSに載せる写真は毎回バズってるしなぁ」
「……すごく嬉しいです」

真っ直ぐな賛辞の言葉に少し照れながら、お礼を伝えた。マジックのキャップを外して赤葦くんの写真集にサインをする。

「けいじってどんな字?」
「東京の京に治すです」
「京治くんね」
「ほー、名前もちゃんとしたサインがあるんだなぁ」
「俺が考えたわけじゃないけどね」
「遅くなった!!」

京治くんへ、を書き終えたタイミングでスパンと個室の扉が開かれる。そして本日初めて耳にする人物の声。反射的に視線を扉へ向ける。

「おー、お前のこと忘れてたわ」
「なんだとぉ!?」
「あまり大声出しちゃだめですよ」
「名前、こいつで最後なんだけど……」
「……木兎光太郎選手だ」
「え!俺のこと知ってんの!?」
「うそ、マジで?」

鉄朗が目を見開き俺を見るが、決して嘘なんか吐いてない。待て待て、えーと?赤葦くんは研磨と同い年だけど音駒のバレー部ではないでしょ。木兎選手は確か、梟谷だったはず。

「赤葦くんって梟谷なの?」
「えぇ、そうです。木兎さん、こちら例の名前さん」
「あぁ!赤葦がずっと言ってる、待ち受けの写真撮った人だ!」
「木兎さん今はやめてくださいその話は」
「……いや待って待って、お前詳しくない?なんで?聞いてないよ」
「黒尾さんは名前さんの彼女ですか?」

鉄朗が隣でやいのやいの言っている間に、木兎選手が店員を呼び「ビール1つ!」と元気に注文をしていた。すごい、木兎光太郎っぼい。

「名前はバレーやってたのか?」
「え?あぁ、やってません。でもバレーは好きなので、たまに一人で試合を観に行きます」
「つかなんで敬語?同い年じゃん」
「本物だなぁと思って、つい」
「タメで良いじゃん!俺はいつでも本物だしな!」
「うわぁ、本物すぎる」
「名前の言いたいことは分かる」

ぽん、と俺の肩に手を乗せる鉄朗。変な意味を一切含まないであろう真っさらな本音が最早眩しい。

「好きなチームは?」
「チーム?あー……まぁ、国内だったらアドラーズの試合を観に行くことが多いかな」
「ここは俺の流れじゃん!」
「あはは、後輩がいるからね」
「後輩?名前って出身東京?」
「宮城」
「マジで!?」

木兎くんが良いリアクションをする隣で、赤葦くんも微かに目を見開いていた。そんなに驚くこと?まぁ、そうか。この年代の宮城の選手はかなり目立ってるもんな。俺の人間関係を知っている鉄朗は、グラス片手に「名前くん新宿駅で迷子になるもんねぇ」と笑う。シティボーイめ。

「影山、中学の後輩」
「マジかよ!!!世間せっま!!」
「名前さんは烏野ではないんですね」
「うん、学ランじゃなかったよ」
「なんでも似合いそうですが……そういや、俺が孤爪に聞いていたイメージと違って驚きました」
「イメージ?」
「背が小さくて小太りの老け顔だと」
「真逆じゃねーか!あいつ、お前らと名前を会わせたくなかったんだなー」

鉄朗以外が頭の上にクエスチョンマークを飛ばした。どういうことだろう。

「会えば赤葦の中の名前のイメージが崩れるからやめとけってことだろ」
「あぁ、なるほど」
「研磨は昔から名前大好きっ子だからねぇ」
「研磨はかわいいねぇ」
「孤爪には悪いですが、イメージ通りの方でした」

それから話はバレーや試合の話で盛り上がった。バレーという競技は好きだし、バレーが好きな人の話を聞くのも好きだ。というよりも、バレーが好きな人達がバレーについて話してる時の表情が好きなんだろう。赤葦くんとは今度一緒にMSBYの試合を観に行く約束をして連絡先を交換した。俺も俺も!と言うので、木兎くんとも交換したもらった。駅で引き返さずに、ちゃんと来てよかったな。


20220316
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