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07


まさか地球の裏側で及川さんに会うとは思ってもみなかった。2人でご飯を食べながら何度も思った。ていうか2人で食事をしていることすら、あの頃の俺に教えたら冗談だと笑われると思うし。

「あ、及川さん!」
「なにさ?」
「名前さんなんですけど」
「え!?名前ちゃんが何!?」

いや、食い付きがすごい。及川さんの足がテーブルに当たったのか、食器がカチャンと音を立てる。

「写真集出したって」
「あぁ、そうなんだよね!誰かから聞いたの?」
「いえ、この前の配信で」
「…………配信?」
「へ」
「配信って、なに?」

俺の両肩を掴み真顔で見つめてくる及川さん。なに、もしかして地雷踏んだ?高校時代の記憶だが、確かに及川さんと名前さんはとても仲が良かったように思う。というか極端な話、バレーに関係しない場所で見掛ける及川さんは、名前さんが大好きなイメージしかない。

「いや、あの、コヅケンの」
「こづけん?」
「音駒の孤爪、って分かります?」
「音駒……あぁ、そういうことか」
「これです、これ!」

この前の配信のアーカイブを開き、終盤までシークバーを動かす。少しだけだが、名前さんが映り研磨と会話する箇所を見せる。名前さんが帰るところまで無言で画面を凝視していた及川さんは、自分のスマホに目線を移してコヅケンのチャンネルを登録していた。それから及川さんはスマホを耳に当てる。電話を掛けているようだが、いやまさかね。

「もしもし、名前ちゃん?」

まさかだった!!!及川さんはにこにこ笑顔で口を開く。時差の存在とか考えてるんだろうか。少し心配したが、及川さんが「おはよ」と言っているのでその点は大丈夫のようだ。いや、大丈夫なの?

「今ね、リオでチビちゃんとご飯食べてるんだよ。あ、烏野の。そうそう」
「…………」
「チビちゃんに教えてもらったんだけどさ、配信に映ったなら教えてよね!俺も見たいじゃん」

微かに向こう側から聞こえる笑い声にホッとする。大丈夫みたい。というか、もしかしたら慣れているのかもしれない。

「少し前髪伸びたよね……あ、久しぶりにチビちゃんの声でも聞いとく?」
「え!」
〈もしもーし、日向くん?〉
「名前さん!こ、こんば、おはようございます!」
〈あはは、おはよ〉
「あの!写真集発売おめでとうございます!日本帰ったら買います!」
〈ありがとう。帰国したら何冊でもあげるけどね〉

通話をスピーカーにした状態で名前さんと数年ぶりに話が出来た。声がなんとなくふにゃふにゃしてるような?やっぱり寝起きだったりするのかもしれない。及川さんもそれに気付いているのか、名前さんに気付かれないようにくすりと笑ってから通話を終わらせた。

「キャリーケースの中に名前ちゃんの写真集あるけど、今度持ってこようか?」
「え、いいんですか!?見たいです!」
「優しい優しい及川さんが見せてあげようじゃない」
「なんでわざわざ持ち歩いてるんですか?」
「おまもり」
「?」

その四文字と写真集の繋がりが分からなかった。ジンクスって言葉もあるし、及川さんがそう言うならそうなんだろう。

数日後、及川さんは本当に写真集を持って来てくれた。"あなたに見せたい日本の景色"がコンセプトのようで、全国の美しい風景の写真が多くまとめられていた。写真集の後半に差し掛かるにつれてどこか懐かしい気分になると思ったら、そのどれもが宮城県内で撮影されたものだった。無意識のうちにノスタルジーに浸ってしまい少しだけ泣きそうになっている俺を見て、及川さんはケラケラと笑っていた。


20220308
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テーマ「人外ファンタジー」
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