02
珍しく岩泉から電話がかかってきた。その内容は及川が怪我をしたという…なんとも彼の保護者っぷりを発揮するそれで。
「こんな時期に大丈夫かよ」
〈本当にな。で、お前に頼みがあるんだが〉
「嫌だ、めんどくさい」
〈即答かよ〉
「どうせあれだろ、及川の病院の付き添いとかなんだろ。いい歳なんだから一人で行かせろ過保護か」
〈クズ川が名前と一緒じゃなきゃ病院行かないとか言うからだろちゃんと躾とけ〉
「躾は岩泉の仕事でしょうが」
〈明日の練習試合までになんとか頼む〉
「練習試合前かよ、なにやってんだあいつ」
〈付き添ってくれたら明日の練習試合でベンチで見学させてやるってよ〉
「は?俺見学もすんの?」
〈練習試合の相手校な、烏野だ〉
「了解、明日な」
烏野となれば話は別だ。俺は次の日、素直に及川を引っ張って病院へ連れて行った。平日のこの時間に二人で電車ってなんだかデートみたいだね、うるさい及川。診察自体は大して時間が掛からなかったけどなんでこういう病院って呼ばれるまでにこんなに時間が掛かるんだ。
「もう試合始まってるんじゃないの」
「うん、そうだろうね」
「とりあえず帰るか」
「早く飛雄ちゃんが見たいんでしょ」
「うん」
「即答!もう!」
目的はそれだ。岩泉が選手のベンチに座る権利をくれたんだから、可愛い後輩を近くで見たい。後輩といっても中学の時に及川経由で知り合ったんだけど。こっちが絡むと口を一文字に結びながらオロオロと言葉を探す彼が可愛くて仕方なかった。及川にはない可愛さだ。そんな可愛い後輩、飛雄に久し振りに会えるとあって気分は上々だった。最後に見たのはあの試合の時だったから、心配もしていたけど。
「ほんと名前ちゃんは飛雄ちゃんを可愛がりすぎ!なんなの!」
「女子かよ、ほら学校着いたぞ」
「………捻り潰す」
「もう試合終盤だけどな」
体育館に入ると女子の黄色い声。ていうかまぁ及川ファンなんだろうけど。ご苦労様です。及川が監督と話している後ろで及川コールに耳を傾ける。
「向こうには影山出せなんて偉そうに言っといてこっちは正セッターじゃないなんて頭上がらんだろうが!」
「あはは…」
「なにお前そんなこと言ったの」
「だってそう言ったら名前ちゃん来るでしょ!?」
「まあ来たけど」
「名字もいつも悪いな、好きに見学してっていいぞ」
「やった、ありがとうございます」
監督公認で俺にお守を頼んだのか。いつも、というように定期的に俺は男子バレー部にこき使われているのです。及川関連で。悲しいね。
「やっほートビオちゃん久し振り〜!育ったね〜!」
「飛雄ー!久し振り!元気だったかー?」
「名前さん!」
「あー!もう名前ちゃんのばか!アップ付き合ってよ!」
「えー……あ、うん、あの坊主くんめっちゃ怖いから付き合うわ」
烏野の2番の彼にすごく睨まれてるんだけど。ちょっと絡まれたくないタイプ。それから及川のアップを見守って体育館に戻る。戻った時には烏野のマッチポイントで、結構ピンチだ。ベンチに座らせて貰って試合の行く末を見守る。ピンチサーバーの及川と交替して下がって来た国見くんが隣に座る。
「本当に病院に着いて行ったんですか」
「うん、特等席貰ったし」
「名前さんって及川さんに甘いですよね」
「それはないだろ…あ、及川見てみ、指差して宣言してら!あはは、めっちゃ腹立つ」
ほんと性格悪いなあいつ。3回目でこちらに返されたボールはチャンスボールだ。金田一くんが決めたと思ったら5番の子がワンタッチ。なんだこの子!速いな!一瞬で逆側まで移動していた。それに驚いていると無駄のないトスとの連携でスパイクが決まった。及川の顔面右側スレスレで。
「ほー、すごいな」
烏野、面白い学校じゃないか。なによりも俺は飛雄がいいスパイカーと出会えたみたいでよかった。名前さんはとても安心しました。うんうんと頷きながら中学時代の飛雄を思い出していると、挨拶を終えた岩泉が未だベンチに座っている俺のところまでやって来た。
「お疲れ、岩泉」
「おう。今日は悪かったな、あいつのワガママに付き合わせて」
「別にいいよ、そのくらい」
「…お前ってモテるだろ」
「はは、お宅の主将に比べたらゴミみたいなものですよ」
「あ、その主将がいないっつーか…多分烏野に絡みに行ったんだよ…」
「……あぁ、連れ戻せと」
難しい顔をしながら頷く岩泉に少し悩んだが、飛雄に会えるかもしれないから迎えに行ってやることにした。外に出ると、校門近くに真っ黒の集団ががいる。烏野のジャージ、わかりやすいな。
「及川、また性格悪いこと言ってんじゃないだろうな」
「あっ!名前ちゃん迎えに来てくれたの!?」
「いや、飛雄に会いに」
「トビオちゃんほんとムカつく」
「飛雄ー、良い試合だったぞ。よかったな」
「はい、ありがとうございます…!」
「影山くん影山くん、この長身イケメンは誰なんですかァ?」
うわ、さっきの坊主くん。絡まれるとめんどくさいタイプだよきっと。とりあえず当たり障りない笑みを浮かべて会釈をする。烏野バレー部の面々も誰だこいつはって顔してるし。
「青城3年の名字です。あ、でも俺はバレー部ではないです」
「名前さんは中学の先輩です。この人はいい人っす」
「この人はって、及川は悪い人みたいな…性格は悪いけど」
「名前ちゃん俺のこと嫌い!?」
「あーそうだ!5番の君、さっきの凄かったよ!でも惜しいね、もう少し右側狙ってたらストライクだったのに!」
「あっえっ、ありがとうございます!」
「いいね、そういう素直に嬉しそうな反応するの!飛雄をよろしくね」
「ストライクって俺の顔面のこと言ってるでしょ!トビオちゃんのことはもういいから、名前ちゃん帰るよ!」
「なんかうちの及川が性格悪くてすみませんね、じゃあお疲れ様です」
及川に右手を引っ張られながら、烏野に向けて笑顔で手を振った。
「及川、怒ってる?」
「うん」
「ふーん」
「…………名前ちゃん今めんどくさいって思った!?ごめんね!?だから嫌いにならないで!!」
「嫌いにならないでってなんだよ。めんどくさいとか思ってないし、思ってたらそもそも一緒に病院とか行かないから」
「でもそれはトビオちゃんが、」
「飛雄のことは心配だったけど。試合でちゃんと見てたよ、及川のこと」
「………名前ちゃんモテるでしょ」
「なにそれ、さっき岩泉にも言われた」
140630
飴と鞭