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「……お前、どうした」
「別に、どうもしてないけど」
「…名前、今イラついてるだろ」
「え?あぁ、そう言われてみればそうかも」
普段から感情の起伏が緩やかで、面倒という感情が勝るためか滅多に怒ったりしないものぐさな幼馴染が、目に見えて苛立っている。纏う空気が、普段のゆる〜っとしたものではなく、刺々しいものに変わった。
「及川か」
「見てよ、他の友達とはいつも通り楽しそうに話してるんだよ」
「話しかけてみれば?」
「授業中以外は半径3メートル圏内に入ったら逃げてくんだけど」
「お前、及川のことだと面倒くさいって言わないんだな」
「岩泉のことも面倒くさいって言わないよ」
「あ?ありがとう…?」
「うん」
名前と教室の扉の前で友人と話す及川を視界に入れながら、幼馴染二人の間で食い違う何かを感じつつ自分の教室に戻る。途中、廊下であった花巻から及川サイドの言い分を聞いて、俺の口からはため息しかでなかった。まぁ、俺たちが変に介入するのもなんだか違うだろうな。
▽△▽△▽△
「及川」
帰りのSHRを終え、スポーツバッグを肩に掛けようとしていた及川の腕を掴んだ。
「なんで避けんの」
「……なんで、って」
「言わないと分かんないよ」
「…名前ちゃんのためだから」
「俺のためってなに?馬鹿みたいなことすんなよ」
「っ馬鹿みたいなことってなにさ!」
眉間にシワを寄せて、キッと睨んでくる及川が声を荒げた。
「俺の気持ちも考えないで馬鹿みたいとか言わないで!!」
「お前がなにも言わないんだから分かんねえべや!」
「じゃあずっと分からないままでいいよ!名前ちゃんのバカ!嫌い!!」
「こんのっ、」
掴みっぱなしだった手を払われて、教室を出て行った及川。俺のためって、あいつはなにを考えてるんだ。教室に残ったクラスメイトの心配の声に冷静になって思い返す。俺が手を掴んだ時の及川の顔は、嬉しいっていう顔だった。
「名前?」
「…松川」
「廊下まで声聞こえてたぞ」
「あぁ、それはごめん」
「別にいいんだけどさ、珍しいなと思って」
及川と同じスポーツバッグを肩に掛けた松川が教室に入ってきた。そうか、俺が声を荒げるのは珍しいのか。他人事のように思った。
「これから部活?」
「ん」
「ごめんな、お宅の主将のご機嫌を損ねたかもしれない」
「あはは、そんなこと気にすんなって」
「及川のこと頼むわ」
そう言うとなぜか少し驚いた顔をした松川だが、ワンテンポ遅れて頷いた。体育館に向かう松川と途中で別れて、帰路につく。
「……俺も悪かったな」
歩きながら独り言ちる。俺はなにも考えずに否定してしまったのか。ちゃんと謝ろう。久し振りに大声を出して思ったけれど、俺の感情のベクトルは基本的に及川に向いているらしい。でもそれは今に始まったことではなく、昔から変わらないことだった。好きとかいう感情抜きにしても、及川は昔から俗に言う特別ってやつだったんだと自覚する。
自室に一人になって、初めて及川に言われた「嫌い」という単語が頭の中で反響するのであった。溜め息しかでない。
141214
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