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「名前ちゃんが女子に目を付けられている」
「目を付けられているって表現よ」
自販機にお金を入れた状態で右手を宙に彷徨わせていると、隣から伸びて来たマッキーの手が緑茶のボタンを押した。緑茶か麦茶かで悩んでいたから、別にいいんだけどさ。
「なんか最近凄いんだって!女の子のキラキラした視線が!」
「そりゃあ、文化祭と球技大会であんだけ目立ったからなぁ」
「やっぱりそれだよね…」
「いつにも増してカッコよく見えたもん」
「俺も」
ぐぬぬ、これは確かに仕方のないことかもしれない。でも現にこうやって、名前ちゃんがこちらに向かって歩いて来てる方向がなんだか騒がしいのは事実なのだ。
「名前ちゃん」
「俺も飲み物欲しくて」
「そっか」
「及川、なんかあった?」
「え!?いや、ううん、何もないよ!」
表情を変えずに、俺を見てくる名前ちゃん。うう、かわいいかっこいい。ミルクティーを買った名前ちゃんは、まだ俺を気にかけるように顔色を伺ってくる。あれ、マッキー逃げたな!
「ほんとになんでもないよ、大丈夫」
「ふうん?」
別に名前ちゃんが女子にキャーキャー言われてもいいじゃないか。俺は何を心配していたんだろう。第一、今まで騒がれなかったことがおかしいんだ。この俺の好みどストライクなんだもん。いや、小さい頃から名前ちゃんを見て来たからこそ、名前ちゃんが俺の基準になってしまったのかもしれない。そんなふうに、自分の中で正しい答えが見つからずに、この心配の理由を曖昧にしたまま過ごして数日。
「名字先輩が好きです、付き合ってください!」
「あー…気持ちは嬉しいんだけど、好きな奴いるから、ごめん」
図ったようなタイミングで遭遇する名前ちゃんの告白現場。俺が職員室に行ってる間に、名前ちゃんを呼び出して告白かぁ。でも使う人が少ない西側の廊下だからって、ここでやることないじゃん。気付かれないように遠回りまでして、教室に戻って自分の席で息を吐く。
名前ちゃん、好きな人いたんだ。
▽△▽△▽△
「花巻、ちょっと」
「どうしたの名前ちゃーん」
「…それやめろ」
放課後、部活に向かおうとする花巻を捕まえた。
「及川、部活でどんな感じ?」
「いつも通りな感じ」
「うーん、そうか」
「どうかしたのか?」
「俺、及川に避けられてる」
「…は?嘘でしょ、いつから」
「多分、先々週くらい」
放課後は自主練、部活を理由にすぐ教室を出て行くし、昼休みは購買や教科書を借りに行くだのと言って教室にいる時間が目に見えて減少しているのがわかる。部活では普通、ということは原因は高確率で俺らしい。とりあえず状況を簡単に話す。でも心当たりは全く無いんだなあ、これが。
「きっと及川にも理由があるんだろうな」
「そうであって貰わないと」
それから更に数日間、そんな日々は続いていた。気付いたことといえば、完全に避けられてる訳ではないらしいことだ。例えば、俺が誰かと話してる時だとか、凄く視線を感じる。及川は別の友人と立ち話している素振りで、こっちの様子をチラチラと伺っているようだった。
「見てる?」
「ああ、すっげー見てるわ」
「なんかごめんな、花巻」
「別にいいけど、なんか面白いし」
「これは気になっちゃうよ」
「ま、がんば」
花巻が俺の肩をポンと叩く。気になって仕方ないことには変わりはない。
▽△▽△▽△
「なにそれマッキー!」
「酔う酔う酔う」
マッキーの肩を掴んで前後に揺する。だって、
「俺が名前ちゃんを嫌いになるわけないじゃん!?」
「名前のこと避けてんデショ?」
「違う…いや違くないけど…」
「理由は?」
「…名前ちゃん、好きな人がいるんだって」
この前遭遇した告白現場のことについて話す。俺たち以外誰もいない部室に、やけに声が響くように感じた。
「俺がいたらさ、名前ちゃんの好きな子が入って来られないでしょ」
「お前…」
「名前ちゃんが幸せになってくれるなら、俺は隣じゃなくていいんだ」
「及川って意外と献身的だな」
「でしょ」
「でもさ、名前の意志も考えてやれよ」
「……ああ、そうだね」
20141213
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