01
「名前ちゃんおはよ!」
「わあもうこっち来んな及川ボケ」
美男子二人が教室の隅でやいのやいの言っている姿を、朝から元気だなと見慣れた様子で横目に眺めているクラスメイトたち。そんな視線を気にもせず、しつこく話しかけてくる及川をうっとおしそうに眉間にシワをよせながら、ヘッドフォンを付けようとする名前。及川は名前ちゃんほんと低血圧だよね、かわいい!なんて言いながらニコニコと名前の頬をつつく。
「ちょっと黙っててくんないかな、ほんと。泣かすよ」
「なにそれゾクゾクする」
「死ね」
目の前のこいつのせいで完全に目が覚めてしまった。くそ。面倒になって担任が来るから自分の席に座れよと言ったけどこいつ俺の後ろの席なんだった忘れてた。俺の背中に人差し指で文字を書いてくるのがうざい。……だ…い……す…き……ハート…なんだこいつマジで殴りたい。
「及川、うしろ向いて」
「名前ちゃんも俺に愛のメッセージくれるの?」
「………………」
「……く…た…ば…れ…って、なんで!」
うるせえなこいつ。このテンションは授業中にも維持され、背中をつつかれたと思ったら「絵しりとりをしようよ」と書かれた四つ折りにされたルーズリーフを渡されたり、プリントを後ろに回すために振り返ると毎回ウインクをされたりする。別に今日に限ったことじゃないんだけどね。
「名前ちゃんって画伯だよね」
「ばかにしてる?」
「うん。でも、完璧な名前ちゃんの予想外な欠点っていうギャップがすごくいい」
「うるさい」
「あと、面倒だっていいながら付き合ってくれるところとか大好き」
「……うるさいな」
にんまりと笑った及川の「名前ちゃん照れた!?」というセリフに被さるように、クラスメイトの俺を呼ぶ声。二人組の女子が呼んでるぞ、とは言われても俺に女子の知り合いなんてそんなにいない。廊下まで行く行為が面倒だからこっちまで来て欲しい。
「…はぁ、ちょっと行って来る」
「浮気しちゃだめだよ」
「なにいってんだばーか」
廊下に出ると本当にいた。二人組の女子。ぜんぜん知らない子だけど。あれ、俺なにかしたっけ。
「俺になにか用?」
「名字先輩、私たち二年のあの…」
「ん?」
「及川さんのファンなんです!」
「……あ、そう…」
「それで、この前告白したんですけど、好きな人がいるからって…」
「…………」
「私たち、それが名字さんなら仕方ないかなって…」
「むしろ応援したいっていうか…!」
なんだこいつら。なんて答えればいいか分からなくて内心頭を抱えていると、彼女たちの目が急にキラキラとしたものになった。と、同時に肩に回される手。
「俺の名前ちゃんになんの用?」
「お前のじゃないし」
「「及川さん!」」
「あ、君たちこの前の」
「この前はありがとうございました」
「いいえ、俺こそありがとう」
眉を八の字に下げて笑う及川。こいつの顔ってほんと甘ったるい。こういうのがモテるってやつか。目の前の女の子の表情を見ていると実感する。
「で、君たちはさ、俺たちがくっついてたらいいなってこと?」
「あっ、はい、名字先輩には、敵わないなって…」
「私たちも諦めがつくというか…」
「ねえ、徹」
「名前ちゃん、どうし」
顔をこちらに向ける及川の左頬に手を添えて軽くキスをした。そして彼の腰を抱き寄せ、顔を赤くし目を見開いてる女の子に話しかける。
「ね、俺たちのこと誰にも言わないでね」
「…はっ、はい!」
「もうチャイム鳴るよ」
そう言うと二人は顔を真っ赤にしながら勢いよく頭を下げてから走って行った。普通にまだチャイム鳴らないけどね。隣の及川は…え、なに、フリーズしてんの?
「おい、及川」
「あああっ、なに!?」
「落ち着けって…あれからぐだくだ話すの面倒だったから、手っ取り早く」
「確かに!手っ取り早いけど!もう、もう名前ちゃんのばか!なんなのかっこよすぎありえない!」
褒めてるのか貶してるのかどっちだよ。なんでこれで顔真っ赤にすんの?こいつ童貞?ああ、そうか童貞か。なるほど。
「名前ちゃん失礼なこと考えてるでしょ」
「いや?」
140623
ものぐさ男子シリーズ