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16


「及川いるかー?」

「名前ちゃん!!」

「いいところに!」

「なに、そんなに慌てて」

「あいつ!あいつが!」


部室の扉から顔を見せる名前ちゃん。なにか用があるようだけど、今の俺とマッキーはそれどころじゃない。部室に、あいつ、あいつが出たのだ。


「あぁ、ゴキブリ」

「その名を口にするな!」

「わかったわかった、なに、どこ?」

「あそこ!あそこ!」


名前ちゃんの背中に隠れつつ、俺が部室の隅を指差す。名前ちゃんは、近くにあった机に置かれたままの月バリを手に俺が指を差した方向に向かって歩いていった。


「あー、よいしょ」

「「!?」」


そのまま月バリを丸めて、床に叩きつける。す、すっごくいい音鳴った。スパーンって。そのまま後片付けをして、本来の用事だったらしい担任からのプリントを俺に渡して「じゃあな」と何事もなかったように部室から出て行った名前ちゃんにマッキーと二人で目を丸くする。


「え、なに、名前ちゃん男前すぎるんだけど」

「…あれは惚れるな」

「惚れちゃダメだからね!?」

「お前らなに騒いでんだ」

「あ、岩ちゃんとまっつん!それがさぁ」


岩ちゃんとまっつんに今起こったことを説明する。


「あいつが男前なのは分かった」

「名前って嫌いなものとかないの?」


ふとまっつんが放った一言。…思い返してみれば、名前ちゃんの嫌いなものって知らないかも。面倒なこととかじゃなくて、嫌いなもの。そういえば名前ちゃんって食べ物の好き嫌いもないし。


「名前の嫌いなもの当てるゲームしよう」

「また突拍子もねえな」

「明日一日で、名前に直接聞くのは無しな」

「どうせやるなら、最初に当てた人には3人で好きなものを奢るくらいの景品付けようぜ」

「いいね、乗った!」


それから俺たちは隙を見ては名前ちゃんの周りを彷徨いた。マッキーは屋上に連れ出してみたり、まっつんはシャーペンの先を向けてみたり、岩ちゃんは激辛せんべいを差し出してみたり。ちなみにそれぞれの名前ちゃんの反応は「なに、人がゴミのようだとか言えばいいのか」「俺にくれるの?は?壊れてる?いらねえよ捨てろ」「せんべい本来の魅力を殺している」だ。


「……で、その女の子は二度と家に帰ることはなかったんだって」

「つまりその子への周囲の無関心さが招いた悲劇の殺人事件だと…犯人は母親か」

「推理ゲームじゃないよ!」

「じゃあ犯人は誰だよ」

「幽霊だよ!!」

「なんて非科学的な答えだ」

「もう名前ちゃんに怪談話しない!」

「はは、ごめんごめん及川。ちょっと楽しくなっちゃっただけだよ」

「なにそれ!名前ちゃん大好き!」

「うるせーよ、ばか」


それからも色々と奮闘してみたが明確な正解は見つからず、もうあいつに嫌いなものとかねえんじゃねえのという空気が漂い始める中でマッキーが「ここまで来たら意地でも気になる」と言うので続行することになった。


「そう言ってもだいたい試したよね」

「虫、運動、勉強」

「名前ちゃんそれ全部得意じゃん」

「あ、いいこと思い付いた」

「言ってみて、花」

「まず保健室に向かいます」


人差し指を立てて、得意げに言うマッキーの言葉通り保健室に向かった。タイミング良く保健の先生は外出中らしく、ドアを開いて最も目に入りやすいベッドに腰を掛ける。するとマッキーは「よし」と呟いて、何故かスマホを片手で操作しながらスクワットを始めた。え、なに。なにがしたいの。


「花巻、お前どうし…」

「…っぜえ、はあ、もしもし名前か!?及川が、階段から落ちて、岩泉が保健室に行ったんだけど、気絶してて、脚が、はあ、うん、うん…分かった」

「!?」

「……っていう電話をする」


息を整えながらピースをするマッキー。っていうか俺は階段から落ちたの!?と言えば、ファンの子の彼氏に逆恨みされて突き落とされるっていう裏設定を教えられて複雑な心境なんだけど。ありそうで嫌なんだけど。階段に気を付けよう。


「ッ及川!!………は?」


俺の名前を呼びながら保健室の扉を開けた名前ちゃんは目を丸く見開いたまま、この部屋の中央にあるベッドまで歩いてくる。冗談だと言い出す空気でもなく、そのまま名前ちゃんは俺の右脚を持ち上げて曲げたり伸ばしたりして、それを左脚にも同じように行ってからやっとあの電話が嘘偽りだということに気付いたみたいだ。そのまま大きなため息を吐きながら、ずるずると床に座り込んだ。


「す、すまん名前、縁起でもない嘘ついて」

「………った」

「ん?」

「……及川が、怪我してなくて、本当に良かった」


俺の膝に額を埋めて、再び大きなため息を吐く名前ちゃん。よく見ると、少し汗をかいている。走って来たのか。なんだこの愛しい生き物。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、俺たちが今日一日競い合っていたことを教える。


「…なに、俺お前らになんかした?」

「ゴキブリ処理した」

「どんな仕打ちだよ馬鹿野郎!」


ああそういえば今日はやけにお前らが変に絡んでくるなと思った…屋上とか暗い部屋とかおかしい場所に連れてかれるし…あれだって…そんなことを一人で呟く名前ちゃん。


「花巻が及川の脚がどうとかって言うから焦ったよ」

「…だろうな、いやほんとごめん」

「別にいいよ。岩泉とかだったら声で怪我の具合とか分かるんだけど、油断してたわ」

「俺ってそんなに分かりやすいか?」

「あ、長年の付き合いもあるから結構分かるかも」


小学生の頃から聞いている声だから、声だけで今日の機嫌とかも分かるもんね。俺がずっと見ていたからかもしれないが、名前ちゃんも結構分かりやすい。すくっと立ち上がった名前ちゃんはベッドに座ったままの俺を見下ろしながら口を開く。


「あー、冗談で本当に良かった。俺、及川がバレー出来なくなるのが一番嫌なんだよね。ところで今何時?」

「え?予鈴5分前だけど…」

「及川、俺ら次体育だよ」

「んえっ!?やば、走ろう!名前ちゃん走って!」

「やだよめんどくさい、俺は潔く遅刻する」


普通に忘れてた!めんどくさいと渋る名前ちゃんの手を掴んで、保健室から駆け足で教室に戻ろう。三人にまた部活で、と手短かに伝えて保健室を後にした。あぁもう名前ちゃんいい加減諦めて!


「あれ、あいつ最後に爆弾投下したよな?」

「…及川は授業のことで精一杯で気付いてなかったけどな」

「なんだよあいつら」


140817
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