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〈もしもし、名前さん〉
「あ、飛雄じゃん。どした?」
〈…助けてください、及川さんが〉
「は?」
飛雄の言葉で真っ先に頭に浮かんだのは、無駄に整った顔で舌を出しダブルピースをキメる幼馴染の顔だった。
「…なるほど、こういうことか」
「名前さん、まだ学年首席ですか」
「うん、一応は」
「大王様のご主人様すげー!!」
「ちょっと日向くん、その呼び方やめよっか」
珍しく飛雄から掛かってきた電話のせいで悪い予感ばかりを抱えたまま、指定されたファミレスに向かうと、案内された窓際のテーブルには飛雄と日向くん、スガくんがいた。
「テスト勉強か」
「…はい」
「スガくんもお手上げでしょ、こいつおバカちゃんだから」
「いや、俺は別に…」
「名前さん俺のこと嫌いですか?」
「スガくんは優しいから。俺は飛雄が可愛いと思ってるけど、お前はバカだよ」
「あはははバカにされてやんの…いでっ!」
スガくんの隣の席に座り話を聞くと、最初はこのメンバーにもう一人月島くん?がいたんだけど、彼らに手を焼きすぎて諦めて帰ってしまったという。そこで俺の名前が浮上したらしい。なんという。
「勉強教えて欲しいならそう言えよな」
「だって名前さん、普通に言っても来ないじゃないですか」
「うん、面倒だから」
「ですよね」
「ウチまで来てくれたらいいけど」
そう言うと少し嬉しそうな顔をする飛雄。こいつは可愛いな。
「で、なに?勉強教えたらいいの?」
「名前くんには申し訳ないんだけど、俺一人じゃどうしようもなくって…」
「スガくんもテストでしょ?自分の勉強していいよ。なんとか二人一緒にやってみるわ」
「うう、助かります…」
「どうせ二人して分からないとこも同じなんだろ」
「「…そんなことは」」
ハモってしまったことに対して、不服そうな二人に思わず笑ってしまった。そうして、烏野3人と青城1人っていう異色な勉強会は始まったのだった。
「先頭のが影山で、こっちが坊主くんな」
「田中さんっすか」
「で、お前が田中くんにトスを上げるだろ」
「はい」
「そしたら田中くんの隣にいる日向くんが俺にもトスあげろって言うから、お前はトスを上げる」
「うんうん」
「それを繰り返して計算するのが展開ね」
「おおお!」
「ねえ、基礎中の基礎だよこれ」
さらさらと紙にペンを走らせながら、数学の説明をする名前さん。俺たちに分かりやすいようにバレーのルールやポジションで例えてくれるから感覚的に理解できる。名前さんはバレー経験がないのに、なんでこんなに詳しいんだろう。名前さんは俺たちだけじゃなく、菅原さんの質問にもさらりと簡潔に答えていて、本当に器用な人だと思う。
「この公式全部、直前までに頭ん中入れな」
「これぜんぶ!?」
「さっき流れは説明したし、公式に当てはめたら解けるから。練習に出られなくなるの嫌だべ?」
「「…うす」」
また分からない教科があれば俺の家まで来たら教えてあげる、と笑う名前さん。本当にいい人だな。
「お礼とお詫びになにか奢りますよ」
「俺も俺も!」
「じゃあ、影山と日向と俺で会計するべ」
「え?いいの?俺こういうとこちゃっかりしてるから遠慮しないよ」
「はい」
「やった」
注文したドリアを完食し、デザートのパフェを食べている名前さんはなんだか嬉しそうだ。そんな彼を見ながら思い出したことがある。この席って大通りに面している窓側なんだ。
「………」
「………」
「………」
「…ん、なに?どうかした?」
「どうかした?じゃないんだけど!」
窓の外からバッチリと目があったこの男、及川さんは迷いなく店内までやってきた。部活帰りらしく、白いジャージを着込んだ彼が腰に手を当ててテーブルを見下ろす。
「及川じゃん」
「名前ちゃんなにやってんの」
「勉強教えてた」
「…あぁ、飛雄はおバカだからねえ」
「そうそう」
「…だからって素直に餌付けされちゃだめでしょ!」
「え、俺って餌付けされてんの?」
「まぁそんな感じだべ」
にししと笑う菅原さんを及川さんが睨む。日向には抜群に効果があるが、菅原さんには全く効かない。この二人の相性ってすこぶる悪そう。どこからかざくざくと音が聞こえると思えば、名前さんがパフェのコーンフレークを噛み砕いているところだった。及川さんは「もういいよ!俺は帰るからね!」と捨て台詞を残して足早に歩いていった。
「ごめん、お会計頼む。今度お礼するから」
「あ、はい」
「じゃあ俺も行くね」
及川さんを追いかけるように、早足に出口へ向かう名前さんは手ぶらだった。財布も持たずに急いで来たのだろうか。あぁ、俺が及川さんの名前を出したから。及川さんは中学の頃から名前さん名前さん煩かったけど、名前さんも相当及川さんが好きだと思う。
「名前くんがバレーに詳しいのってさ」
「きっと及川さんでしょうね」
「うーん、敵わないかぁ」
「…そうっすね」
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スガエル