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文化祭が終わってから、名前ちゃんを見る女の子の人数が増えた気がする。今だってそうだ。購買で飲み物を買った帰り道、渡り廊下を歩いていると外のベンチでお弁当を食べている女子二人組がこっちを見てくる。視線の種類が、普段俺が感じているものとは違うことから、視線の先は名前ちゃんだろう。


「おい及川」

「なに?名前ちゃん」

「このミルクティーのミルク感やばい」

「もう!名前ちゃんってば!」

「え、及川怒ってんの?俺なんかした?」


こっちの心配などお構いなしに、パックのミルクティーを味わう名前ちゃん。名前ちゃんはミルクティーが大好きなんだ。可愛いでしょ。そんなことは俺だけが知っていたらいいのに!ああ名前ちゃんに変な虫がついたらどうしよう。


「…それ一口ちょうだい」

「うん、どうぞ」

「ほんとだ、すっごいミルク感」


俺にパックから伸びたストローを向けながら、言ったとおりだべ?となぜかどや顔をする名前ちゃん。かわいい。後ろから黄色い声が聞こえた…あ、なんか心配いらないやつだコレ。



「及川!名前が、」

「名前ちゃんがなんだって!?」

「反応早すぎて引いた」

「マッキーひどいな!」

「じゃなくて、名前が大変なんだよ」

「どういうこと!?」

「俺には止められんかったすまん」

「は!?」


そんなある日、慌ただしく俺の教室に駆け込んできたマッキー。マッキーが視線を逸らして意味深なセリフを言い放つ。とりあえず早く渡り廊下に行ってやって、と言われて何が起きているのか分からないまま全速力で向かった。そこで俺が見た光景は、


「で、なに?なんだって?」

「いや、あの……お、ふぶっ」

「え?」

「ほ、ほへんひゃひゃい」

「うーん、さっぱりわかんねえな」


え、なにこれ?名前ちゃんが男子生徒二人を地面に正座させている。それだけでも異様すぎるのに、名前ちゃんがしゃがみこんで男子生徒の頬を片手で掴んでいるから驚きだ。名前ちゃんの後ろでは女子生徒二人組が困惑した様子で立っている。なにこれ、ほんとなにこれ。修羅場じゃん。


「えと、名前ちゃん…?とりあえず手を離してあげよ…?」

「あ、及川じゃん。ちょっと今立て込んでるからあっち行ってろよ」

「え…うん!」


いやいや俺もうん!じゃないよ。名前ちゃんのふざけていない命令口調が珍しく、というか新鮮で思わず頷いてしまった。うーん、困ったな。名前ちゃんが怒ってるというか、キレてる。これはマッキーも諦めるよ。及川先輩、と駆け寄ってきた女子に事の顛末を聞かされる。


「…男子生徒が私たちに絡んできたところを助けてくれたんです」

「で、どうしてこんな状況になったの?」

「えーと、あの男子二人は私たちが…及川先輩の話をしてるときに絡んできたんですけど」

「俺?」

「及川先輩ってかっこいいよね、って言ってたらあの二人が…」

「あ、そういうこと。どうせ俺は顔だけだ〜とか言ったんでしょ?」

「……それでこうなってます」


申し訳なさそうに眉を下げる女の子の頭を軽く撫でてから戻っていいよと告げると、「名字先輩にありがとうございましたって伝えてください」と会釈をしてからぱたぱたと走って行った。うーん、つまり名前ちゃんは俺のことでこんなに怒っているわけだ。不謹慎にも緩んでしまう頬を引き締める。


「名前ちゃん、もう分かったから」

「俺は分かってないから。なあ?」

「なあ?じゃなくて…この2人二年生でしょ?泣きそうだよ?可哀想だから、ね?」

「いいや、俺には関係ないね」

「もう…ほら、そこの二人も行っていいよ」


名前ちゃんの両手を掴んで、救済措置を出す。二人は助かったと言わんばかりに、救世主を見るような目で俺を見てから砂埃を立てて走り去って行った。ていうか君らが女子に絡まなければこんなことにならなかったんだからね。


「なにすんの及川」

「名前ちゃんは怒りすぎだよ」

「そういう時期なんだよ」

「女子か!…って違う違う。なんで名前ちゃんはあんなに怒ってたの?」

「あいつらが及川の悪口言ったからカチンときた」

「なんて言ってたの?女の子から聞いたけど、顔のこと以外にもあるよね」


むすっとした名前ちゃんの両手を握ったまま、制服が汚れるのもお構いなしに地面に座り込む。


「…才能さえあれば主将になるなんて簡単だとか、俺たちもちょっと練習したらとか言うから」

「名前ちゃんが怒ってくれたんだね」

「ビンタした」

「んえっ!ビンタ!?」

「グーは俺が痛いし」


俺に対しての悪口に、説教じみたこと(もはやリンチする前にすら見えた)をする名前ちゃんに愛おしさ全開だったが、ビンタという言葉に目を見開いた。この子は初手ビンタかましたの?そりゃああっちもビビるよね。


「あいつらサッカー部らしいから部長のとこ行って…もがっ」

「あー名前ちゃんほんとかわいい」

「及川、俺は怒っているんだけど」

「うん、知ってる」

「別に抱き締められたからって許すわけじゃないよ」

「知ってるよ」


俺がこうしたいだけ、と名前ちゃんの頭をぐちゃぐちゃに撫で回しながら言う。もうこの子はなんて愛おしんだろうか。顔は見えないけど、きっと文句を言いたげに眉間にしわを寄せているんだろう。


「人の努力を知らないで好き勝手ベラベラ言うのすげーむかつく」

「俺は別にいいよ、名前ちゃんが怒ってくれたから」

「…及川がいいならいいけど」

「お前らなにやってんだ」

「あ、岩ちゃん」

「ほれ名前、これだろ」

「あーそれそれ!ありがとう岩泉!」


背後から現れた岩ちゃんがなにかを投げる。それは緩い放物線を描いて、きっちりと名前ちゃんの手の中に入った。あ、例のミルクティー。そういえば名前ちゃんは購買にミルクティーを買いに行ったんだった。


「岩泉が近くのコンビニまで買いに行ってくれたわけよ」

「珍しく名前がキレてるから、俺の出番なかったし」

「岩ちゃんはあの名前ちゃんをよく放置したね…」

「まぁ名前は間違ったこと言ってねえし。一応気遣って花巻にお前を呼ばせただろ」

「またムカついてきたじゃんやっぱり二年生のクラス回ってくる」

「いやいや名前ちゃんもう十分!十分だから!俺は満足してる!どーどー」

「ばか、冗談だよ」


じゃあお腹空いたから購買でパン買ってくるわ、と歩き出した彼に若干はらはらしながらも岩ちゃんと先に二人で教室に戻ることにした。


「目の前でミルクティーが売り切れてご機嫌斜めだったからな」

「気に入ってたもんね、あのミルクティー」

「及川はどうせ顔が良くて才能があっただけだろって笑い声が聞こえて、名前が隣からいなくなったと思ったらあの二年にビンタかましてた」

「それは…びっくりするよね…」

「あいつ、怒らせると厄介だからな」

「あの名前ちゃんが後輩相手に説教かぁ」


ニヤつくんじゃねえよクソ川、岩ちゃんにそう言われるが今は気にしていられない。だって名前ちゃんが俺のことで怒ってくれるだなんて、すごく幸せ者だなぁ俺。愛されてるなぁ俺。部活のときに国見ちゃんあたりに惚気ようっと。

その日の部活中、名前ちゃんにしばかれてた二年生が俺に謝罪の言葉と共に頭を下げてきた。そしてなんと見学を申し出てきたワケ。一体どうしたんだと尋ねると、二人は口を揃えて「名字先輩に一回その目で見てこいと言われました」と言うもんだから驚いた。あの後、やっぱり二年生の教室に行ったんだな…。


「あの…なんかごめんね…」

「いえ、そんなことないっす。名字先輩ってかっけーっすね」

「そうでしょう」


140723
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