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「どういうこと!?」

「及川うるせえ」


目の前には俺が選んだ執事コスの名前ちゃん。ああかわいいかっこいい!ちなみに俺は浴衣だよ!


「名字と及川目当てでくる女子が多いんだから、担当は別にするだろ普通」

「委員長の鬼!」

「なんとでも。で、二人とも午後は自由時間な。それ以外は店番とプラカード持って宣伝」


じゃあよろしく、ぴしゃりと告げられる。お、鬼だ。


「仕方ないだろ」

「俺も名前ちゃんにご主人様って言ってもらいたかったのに!」

「はぁ…これで満足ですか、ご主人様?」

「名前ちゃん大好き」


予定とは違えど、クラスの出し物での目的は果たした。名前ちゃんが俺にポスターが貼られたプラカードを渡す。その時の名前ちゃんの「お客さんが増えるとアレだから程々にね」という本音とも冗談ともとれる台詞はバッチリ委員長の耳にも届いていたようで「こら名字!」と一喝された。わざとらしく肩を竦める名前ちゃんと笑いあってから、プラカードを手に校内を散策し始めた。


「あ、及川」

「なに三人揃って満喫してんの!」

「名前んとこ行ってきたんだよ俺ら」

「ずるい!」


岩ちゃんとマッキーとまっつんに遭遇すると、どうやら俺のクラスの喫茶店帰りらしい。名前が良い執事やってたぞ、という言葉を羨ましく聞き流しながら今の時間を確認するとそろそろ店番交替だ。


「午後は自由時間なんだろ?名前にも言ったけど、体育館集合な」

「なんかあるの?」

「イベントだよ、イベント」


とりあえず了解を伝え、三人と別れた。時間もそろそろマズイし急がないと。それから気持ち小走りで教室に戻る。既に名前ちゃんは宣伝に回っているみたいで教室にはいなかったのが心残りだが、俺は俺の仕事をしなければまた委員長にどやされる。それだけを恐れる以外は、普段通り女子に笑顔を向けたわいもない会話をしながら接客を行えば時間はあっという間にすぎていた。よっしゃー!名前ちゃん探しに行こ!


「あ、岩ちゃん!」

「及川」

「名前ちゃん見た?」

「いや…でも体育館集合って言ったからいずれ来るんじゃねえの」

「あぁ、それもそうか」


岩ちゃんと一緒に体育館へ向かう。体育館はパイプ椅子が並べられ、生徒たちで賑わっていた。あっ及川さん、という女子の声に耳を傾けながら笑顔で手を振るのも忘れない。そういえば女子生徒が多い気がするな。混雑する体育館で、最前列を陣取るマッキーとまっつんと合流する。


「これからなにやんの?」

「ミスコンだってよ」

「それも女装オンリーのな」

「ミスコ…女装って、え?ミスじゃないじゃん!」

「ぜってえ面白いだろ」

「うちのクラスからも出るらしくて1組は総出で投票しに来てるってわけ」

「名前来ねえな」

「うーん、メールしとくね」


体育館の照明が落とされ、スポットライトが当てられながらステージ上で司会らしき男子生徒がミスコンの内容を説明する。生徒会と服飾部の合同企画らしく、服飾部の部員が男子生徒とペアを組んで、服のデザインからメイクまで全てを行い競うものらしい。小気味良い音楽と共に、ステージには10人程度の着飾った女の子…もとい男子生徒が登場した。それから担当した部員と一緒にアピールポイントと自己紹介を行っていく。


「メイクってすげー」

「ここまでくると怖いね」

「うわ、最後の奴も男子か」

「あんなのうちの学校にいたっけ?」


いくらメイクが凄くても、身長とか体格で学年は予想できる。しかし最後に出てきた彼は背は高いが、線は細くスラリとしていて、華奢な体に似合う白を貴重に水色の花が淡く描かれた浴衣を着こなしていた。初対面で女の子ですと言われればああそうですか、ってなるだろうな。


「モデルかよ」

「岩ちゃんより背が高いよね」

「うるせえ!」

「いでっ」


岩ちゃんに頭を小突かれて視界が揺らいだとき、担当した部員であろう女子生徒と共にマイクの前に立った例の彼と目があった。


「えっ、あれ、…………名前ちゃん!?」

「はぁ!?」

「……3年の名字名前です。うちのクラスの喫茶店もよろしくね」


体育館がざわめいたのが分かった。だって全員が注目していたであろう彼が、名前ちゃんだったのだ。1、2年は分からないが、3年は基本彼がものぐさな性格であることを知っているから余計に驚くだろう。ていうか名前ちゃん!そりゃあ連絡取れないよね!


「名字くんに着るなら浴衣が良いと言われたので柄のデザインから帯までこだわってみました。実はこの企画が決まった段階で彼に目を付けていた私は勝ちに来ています!」

「なに、俺って目付けられてたの?」

「うん」


あの表情、確かに名前ちゃんの「帰りたい」って顔だ。それから司会の男子生徒が締めくくりミスコン(仮)は終了した。退場するときに、椅子の上に置いてあった紙に投票する人物の名前を書いて提出し、結果は後日発表とのことだ。


「及川はなんで名前だって気付いたんだ?」

「あぁ、名前ちゃんって俺と目が合うと眉を下げて目を細める癖があるんだよね」

「そんなとこ見てる及川ってきもいな」

「キモ川」

「きも」

「ひどいな!」

「まじで俺ってそんな癖あんの?」


声に振り返ると名前ちゃん…がさっきの格好のまま立っていた。


「え、あ、名前ちゃん着替えは!?」

「面倒だよな着替えって」

「まあそうだけど!」

「これ俺のサイズで作ってるからあげるって言われたし、母さんにでもあげるわ」

「…しっかしまぁ化けるもんだな」

「すげえよな、化粧って」

「だろ」


長いまつ毛は上を向き、頬のチークが女性らしさを感じさせさえする。ロングのウィッグはサイドアップで毛先を緩く巻いている。あ、名前ちゃんうなじ見えてるよ。


「俺たちこれから当番だから行くわ」

「おっけー」

「これは名前に投票せざるを得なくなった」

「田中さんが喜ぶからお願い」


岩ちゃん、マッキー、まっつんの三人はそれぞれの持ち場に帰ってしまったが、投票はきちんとして行ったようだ。隣に立っている名前ちゃんを見やれば、まぁそりゃそうだろうなと納得する。


「及川、なんか食いにいくべ」

「いいよ!ていうか、よく出る気になったね」

「服飾部の部長の田中さんがどうしてもって頭を下げてきたから。流石に断れなかった」

「田中さんってあの子か」

「で、浴衣ならいいよって。及川が浴衣だから」

「あー、…えっ、!?」

「屋台行こう」

「ちょちょちょっとまって名前ちゃん」


俺はお腹が空いたんだとばかりに眉を潜めるが、今はそんなの怖くもなんともなく。ここ最近で最強のデレを見た気がする。名前ちゃんの左手を取る。


「お祭りデートしよっか」

「えー……あ、いいよ」

「いいの!?」

「貢いでくれるんでしょ、徹くん?」

「………モチロン」


やった、と笑う名前ちゃんが可愛くて可愛くて。今の格好のせいとかじゃなくて、この普段通りの笑顔がたまらなく可愛い。いやいつものことなんだけどね!校庭の屋台に向かう途中にも女の子に声を掛けられたり写真を撮られたりしたけど、名前ちゃんは俺の手を離すことはしなかった。


「あ、岩泉が焼きそば焼いてる」

「……あ、名前か。及川の新しい彼女かと思った」

「岩ちゃん焼きそば超似合うね!ひとつください」

「2万円です」

「リアルに払えそうな高額じゃん、良かったな及川」


140721
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