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出水には言うなよ、って言われたわけだけどなぁ。うん。すまない、名前さん。


「出水、名前さんが」


・・・


物音と人の気配に沈みきっていた意識が浮上した。少し時間が経って、額のひんやりとした冷たさと、右手を握られたことに驚いて薄っすらと目を開いた。


「あらし、やま…?」
「名前さん、俺です」


少しずつ明瞭になっていく視界で見据えたのは可愛い恋人の顔だった。は?なんでいんの?そんな言葉が頭に浮かぶが、いまいち上手に言葉にできなかった。


「名前さんが風邪引いたって、嵐山さんから教えてもらいました」
「………あいつ」
「なんで嵐山さんには言って、俺には言ってくれないんすか」


なんでって。そんな悲しそうな顔されると、すごく悪いことをしたような気分になる。考えてみれば、逆に俺が太刀川から「出水が風邪引いた」なんて聞いたら、なんで恋人の俺に言わないんだってなるか。


「お前に、移したくなくて」
「………」
「嵐山ってさ、隊員が全員ダウンしてもピンピンしてるんだよ。だから、買い出しとかお願いしてた」
「おれも看病するよ」
「はは、そうだな。出水に頼むよ」


手の甲から覆うように重ねられていた出水の手を、俺の手のひらを上にひっくり返すようにして握る。


「伝えなくて悪かった、ごめん」
「これからは一番に伝えてよ、名前さん」
「…ん、そうする」


貼り替えられたであろう冷えピタの上から額を撫でられる。出水の手はそのまま降りて行って頬で止まった。冷たくなく、熱くもない、どちらかというと子供体温の出水の手がとても心地よい。


「名前さん、ご飯は?」
「…食べてない」
「食べられる?」
「うん」
「じゃあお粥でも作ってくるから待ってて。その後で薬飲みましょう」


ね、と言って寝室から出て行く出水。離れていった体温に少し寂しさを感じつつ、背後からくる眠気には勝てずに黙って瞼を下ろした。


・・・


「よし」


後は少しの間煮るだけだ。あまり使われていないであろう綺麗な台所に立ち、小さな鍋を見詰める。この前、炊いたご飯を冷凍しておいてよかった。基本的な調味料と米、運が良ければ牛乳と卵があり、お酒は常備されている名前さんの家の台所事情は、きっと俺の方が詳しいと思う。別に料理が出来る男子なんてもんじゃないが、名前さんよりは出来る自信がある。

ていうか、嵐山さんが教えてくれてよかった。そうじゃないと、名前さんはきっといつまでも俺に黙ってただろうし。熱のせいか力なく潤んだ目の名前さんを、俺以外が何度も見ていたのは少し妬く。でも名前さんが俺のことを考えてるのも分かってるし、冷蔵庫にみかんゼリーが入ってたから許すけど。鍋を確認して、溶いた卵を入れ一煮立ち。一応味見をしてみるが、まぁ普通にたまご粥だよな。その鍋を鍋敷きを敷いたおぼんの上に乗せて、取り皿とレンゲ、薬とお茶も一緒に寝室へ運ぶ。


「名前さーん?」
「……ん、」
「あれ、寝てました?ご飯は後にしますか?」
「…ううん、たべる」


目を擦りながら上体を起こす名前さん。おぼんをベッドサイドのテーブルに置いて、少量を取り分けてレンゲと共に渡す。が、受け取る気配のない名前さんに、彼が何を考えてるのかすぐに分かった。


「………あーん」
「あー」


息を吹きかけ冷ましてからレンゲを名前さんの口に寄せると、素直にぱくりと口に含んだ。静かに咀嚼する名前さんを見ながら、心の中でううんと唸る。とても満足そうなこの表情、全部食べさせろと言っているようにも取れる。恐らく、そうだろうけど。観念した俺は、二口目からも同様にして名前さんに差し出すのであった。


「よく食べ切りましたね。ただのたまご粥ですけど」
「出水が作ってくれたから」
「…それ恥ずかしい」


俺の言葉に、名前さんはふにゃりと笑った。熱があるからなのか、とても雰囲気が柔らかい。いつも尖ってるというわけでは全くないが、いつもより緩いと言った方が的確だろうか。薬も飲んでもらって、後はいつ寝てしまってもいい状態にする。


「まだ熱がありますね」
「…いずみ、来てくれてありがと」
「そりゃあ当たり前でしょ」
「はは、そうだな」


目を細めて笑う名前さん。
あ、今のは凄くだめだ。


「…ちょっとまった、出水くん?」
「なんすか」
「あの、君、なにしようとしてる?」
「えーと、ちゅー?」
「可愛く言ってもだめ、ですけど」
「やだ、今の名前さんすごく可愛いからキスしたい」
「なにいってんだ、ちょ!こんなの風邪がうつるに決まって、んっ!」


名前さんの顔の横に手をつき、唇を寄せる。肩を掴まれたが、あまり力が入らないのか空いている方の手で簡単に押さえることが出来てしまった。そのまま唇を重ねて、舌をねじ込む。んーんー!と多少の抵抗を見せていた名前さんも、舌を絡め取ってしまえば大人しくなった。普段名前さんがするように、舌を吸ったり歯列をなぞったりする。覚束ないキスを終え唇を離すと、銀の糸が繋がっている様子を見て満足した。受け身の名前さんかわいい。肩で息をする姿に少し悪いことをした気分になったが、正直のところそれよりも可愛い名前さんを見ることができたという収穫の方が大きい。


「…っはぁ、お前覚えとけよ」
「怖いなぁ」
「移っても知らねえからな」
「そう言って看病してくれるんでしょ、知ってるよ」
「この」
「あいてっ」


名前さんにでこピンをされた。俺があれだけお前に移さないようにしたってのに、そんなことをぶつぶつ言いながら頭を再び枕に沈める。閉じられた瞳から主張する睫毛をしげしげと眺めていれば、ベットの上に置いていた俺右の手に名前さんの手が重ねられた。


「いますよ、ちゃんと」
「俺が寝るまでそこにいてよ」
「もちろん」


寝るまでと言わず、名前さんの目が覚めるまで、俺は近くにいますよ。



((数日後))
(名前さん、復活おめでとう!)
(って、なんであれでお前は風邪を引かないんだよ!)
(若いからじゃないすかね)
(このやろう)
(あいてっ!この前より強い!)

20150728
10000hit thanks マカ様
風邪を引いたところに押せ押せな出水、ということでした。一度はやりたかった風邪っぴきネタ、楽しかったです。リクエストありがとうございました!