10000hit | ナノ

「おー、洸太郎」
「名前じゃねえか。お前禁煙してんじゃなかったか?」
「してるしてる」
「喫煙室になにしに来たんだよ」


煙草片手に首をかしげる洸太郎。受動喫煙、そう簡潔に言えば「なるほど、考えたな」と感心される。しょうもないと一蹴してくれて構わなかったが、きっと愛煙家の思考回路では導き出せない考えだろう。洸太郎はふう、と俺に向かって白い煙を吐き出した。


「顔に煙を吹きかけるのは、今夜お前を抱くよって意味らしいぞ」
「まじかよ、今のなしな」
「…やだ、今までも洸太郎はそんな目で俺を見てたの?」
「しょうもねえな」
「それ」


くだらない話でげらげらと笑いながら、彼は2本目の煙草に手を伸ばした。手にした煙草を俺に差し出すが、これまでは丁寧にお断りする。この部屋の中に居るという行為もなかなかグレーゾーンである気がするが、流石にそれは駄目だ。


「次の飲み会いつか決まってんのか?」
「蒼也とレイジとの?」
「おう」
「決まってないんじゃねえかな、多分」
「アレはまだやってんの?」
「あー、やってるやってる」
「次やるとき呼んでくれ」
「太刀川がレポート再提出だから当分無理」
「ウケるな」


俺たちは定期的に四人で集まって飲みに行ったりする。このメンツだと大学のことからボーダーのことまで、話題に尽きることはない。洸太郎の言う「アレ」とは、俺と太刀川、悠一、嵐山、というメンバーでの所謂麻雀会。大抵鍋をしたりしつつ麻雀、という暇な大学生の典型のような集まりだ。でもそれと違うのは…いや、大した違いもないな。太刀川宅で行われるそれは、毎回その家主が酔い潰れて悠一が寝落ち、朝日と共に嵐山が「犬の散歩に行く」と言って爽やかに帰っていく。


「そういえば、一つ下の学年の、あー…名前なんつったっけな」
「なに」
「あれ、髪が長くてパーマの、まき?」
「まき?」
「さき、あき、…いや、なんか分かんねえけど、そいつがさ」
「本当に分かんねえよ」
「汲み取れよ」
「難易度高いな」
「まぁいいや。そいつがお前の連絡先を欲しがってたぞ」
「ふーん」


まきだかさきだか、正しい名前も分からない登場人物の話をされてもな。これは見た目の情報も適当な可能性すらある。


「俺から連絡することなんて絶対ないだろ。ていうかそいつ誰だよ」
「モテる男は羨ましいですなぁ」
「別にモテないけど」
「ざけんな、喧嘩売ってんのか」
「情緒不安定かよ」
「第一、名前のどこがいいんだ?顔か?確かに俺もお前の顔は好きだ」
「え、なんなの?喧嘩売ってんの?」


俺の顔をまじまじと見て眉を寄せるこいつはマジでなんなんだ。これ、怒っていいところか。まだ何かをぶつぶつと呟きながら俺を見る、というか観察している洸太郎。


「身長は?」
「あぁ、お前より高い180だよ」
「クソが!……身長と顔と、あとは?」
「俺に聞くなよ」
「あぁ、名前は頭も良いんだっけか」
「人並み程度には」
「それ嫌味か?喧嘩するか?」
「いいぞ、トリガー起動しろよ」
「S級無理だわ、やめとく」
「はは、この茶番なんなの」
「ていうかよ、話戻すけどさ」


いいよ、別に戻さなくて。なんで面と向かってさり気なくダメ出しされなきゃなんねえんだよ。そんな俺の言葉は御構い無しに、洸太郎は話を続ける。


「いいのか?可愛い子だったぞ、多分」
「多分ってなんだよ、多分って。だから、全く興味ないってば」
「出水以外には?」
「うん、そういうことだな」
「あ、出水に聞けばいいんじゃねえか」
「は?」
「ちょっと電話してくれ」


お前スマホ買ったんだろ?と引く気を見せない洸太郎。俺が黙っていると「喫煙室に来てたことチクるぞ」と脅してくる。…それは、マズイな。結局俺が折れて、出水に電話を掛けることになった。タイミングよく任務だったりしてくれ。そんな俺の願いも虚しく、ぷつんと呼び出し音が途絶えた。げんなりとしつつ、洸太郎を見れば口パクで「スピーカー」と言ってきたため仕方なく設定を変えた。


〈はい?名前さん?〉
「よう、出水」
〈は?諏訪さんっすか?〉
「ごめん、こいつ俺の話を聞かなくて」
〈それは別にいいんすけど…〉
「出水、名前の好きなとこ教えて」
「はあ?なに聞いてんだよお前」
〈なんすか?名前さんの好きなとこ?〉
「そう、こいつの何がそんなにモテんのか知りてーの」
〈真面目に答えた方がいいやつ?〉


なんだよ、真面目って。不真面目な解答は?と聞けば「顔」と即応された。…もうそれでいいよ。


「名前が落ち込んでるぞ」
〈あはは、今のは冗談でしょ。確かに名前さんの顔も好きだけど〉
「…もういいよ、顔で」
〈ちょっと名前さん、拗ねないでよ〉
「…別に拗ねてないし」
〈たまに子供っぽいところがあるとこでしょ。あと、必ず車道側歩くし、俺の前で煙草は絶対に吸わない〉


出水の言葉はまだ続く。甘いものが好きなところが可愛い、お姉さんが美人、射手としても憧れ、誰にでも分け隔てない、エトセトラ、エトセトラ。途中でただただ褒められる俺の方が恥ずかしくなってきて、耳を塞ぎたかった。ていうか姉さん関係ないだろ。


「結局惚気かよ」
〈そりゃあ、まぁ〉
「逆に嫌いなとこはねえのか」
〈あー…モテるとこ〉
「お前も大変なんだな、出水」
〈あとは、〉
「なに、まだあんの?もうやめようよ」


こういうの、オーバーキルっていうんだよ。そう言おうと思った時、ガチャリと喫煙室のドアが開く音が聞こえた。


「こういうとこっすね」
「あ、ああ…いや、これはだな、出水くん」
「どうせ諏訪さんの煙目当てでしょ?」
「うわぁ、バレてらっしゃる」
「もう、早く帰りますよ」


入り口の扉の前でため息を吐きながら腕を組む出水。通話を終了させたスマホを手に、急いで出口に向かう。洸太郎はケラケラと笑いながら、俺の背中に「可愛い恋人がいるから連絡先は教えられないって伝えておくわ」と言葉を投げた。喫煙室を出て出水の隣に立てば、じとりと俺を見てくるもんだからとても居心地が悪い。


「……名前さんなんでモテんの?」
「だからなんでそれを俺に聞くんだよ」
「俺以外にモテる必要ないじゃん」
「え、あ、そういう…」


気にくわない、とでも言うような顔で言う。かわいい。頭をわしゃわしゃと掻き撫でれば、口を一文字に結んだまま目を合わせてくる。まだなにか文句を言いたそうだ。


「…名前さん、違う煙草の匂いする」
「え、分かる?」
「うん」
「いやだ?」
「いや」


名前さんじゃないみたいだからやだ、と唇を尖らして言う。そりゃあ洸太郎の煙草だからなぁ。おもちゃを取り上げられた子供のような、とにかく納得がいかないということを前面に出してくる出水。そうかそうか、俺が他の奴の匂いがするのが嫌か。「分かった、もうしないよ」と笑顔で言えば、「よかった」と頬を緩めた。うん、俺って愛されてるな。


「だからって諏訪さんに名前さんの吸ってた煙草渡すとか、駄目っすよ」
「………しねぇよ」
「その間!」


150706
10000hit thanks やくも様
諏訪さん(出水)ということで、二人ともに出張って貰いました。同級生二人の雑談は、大学生感溢れた内容であって欲しいですね。リクエストありがとうございました!