10000hit | ナノ

「美人のOLと俺だったら、どっちを抱きたいっすか」
「美人のOL」
「ですよね」


しまった、と思った。反射で答えてしまった俺のバカ。なんでそんな質問が飛んできたかというと、前方10m先くらいにいる名前さんとスーツを着たOL風の女性のせいだろう。というか、絶対にそう。女性の方は確かにスタイルもいいし、横顔しか見えないが顔も可愛い。だが、擦り寄るように名前さんに近付き手を握る様子を見れば、まあ。それを隊室に向かう時にタイミング悪く見つけちゃったもんだから、面倒なことになってる。なっているというか、これからなる。


「…いやでも、名前さんの顔見てみろよ」
「デレデレしちゃって」


いや、普通に顔引きつってんだろ。なんてことは言えなかった。言える空気じゃなかった。それから彼女は、名刺らしき小さな紙になにかを書き込んで名前さんに押し付けてから去っていった。きっと連絡先だろうな。名前さんに声を掛ければ、「おー」と間延びした返事をしながら歩いてくる。


「今の女の人誰?美人じゃん」
「なんかスポンサー関係の人だと。唐沢さんに見つかって案内頼まれた」
「それで、ぐいぐい迫られて連絡先を渡されたわけか」
「はは、どこから見てたんだよ」
「…笑うとこじゃないですよ」


きょとん、という風に出水を見る名前さん。更にムッとした出水は「男の人はみんな美人のOLを抱きたいそうですしね」と目も合わせずに言い放って、隊室に向かって歩いて行ってしまった。


「………って、名前さん」
「ん?」
「ん?じゃないでしょ、露骨に嬉しそうな顔しないでよ」
「仕方ないだろ、これは」


名前さんを見ると、もう緩い。表情が超緩い。名前さんのデレデレしてる顔ってこれのことを言うんだぞ、出水。教えてやりたくても本人がいないんじゃどうしようもない。上がる口角を隠しはせず、名前さんが出水の去っていった方向を見る。


「さっきからあんなんなの?」
「…そうだよ。美人のOLと俺、どっち抱きたい?とか聞いてくるし」
「すげーかわいい」
「早くあいつの機嫌直してよ、俺がやり辛くなる」


任せて、いい笑顔で言う名前さん。この人、出水と付き合い始めて随分と表情が豊かになった気がする。いや、出水の前ではいつもこうだったのかもしれないけど。


「ところで美人のOLを抱きたいのは太刀川?」
「うん」
「これやるよ」


さっきの名刺を俺に握らせて、口笛混じりに歩いて行った名前さん。ほんと楽しそうだな、あの人。


・・・


「…むかつく」


誰もいない隊室でひとり、言葉にしてみても気分が良くなるとかテンションが上がるなんてことは微塵もなかった。逆にあの場面を鮮明に思い出してきて腹が立ってきた。逆効果だ。なんだよあの女は。名前さんもなんで黙って手を握られてるんだ。そりゃそうか、相手は美人だし、スーツ着たOLだし。男はみんなああいうのが好きなんだろ、太刀川さんみたいにさ。じゃあなんで俺と付き合ってんだ、名前さん。なんか悲しくなってきた。その場にしゃがみ込んで大きく息を吐く。


「……俺が好きなんじゃないのかよ」
「そうだよ」


頭上から降ってきた声に反射的に顔を向けると、笑顔の名前さんが「よう」と右手を挙げていた。名前さんは俺の前に移動して、同じようにしゃがみ込んで目線を合わせる。


「やきもち焼きの出水くん」
「……うわきものの名前さん」
「はは、なんでそうなるんだよ」
「…手握られて、デレデレしてた」
「そんな顔してないって」
「……俺の見たことない顔だった」
「なんでお前に引きつった作り笑いしなきゃなんないの」


あえて言えば出水が見てるのが俺のデレデレしてる顔だろ、と眉を下げてふにゃりと笑う。なにそれ、ずるい。名前さんってほんとずるい。聞けば、新しくスポンサーになってくれるかどうかっていう勝負どころだから粗相のないように、って念を押されてたらしい。名前さんは俺の手を両手ですくい取って、手の甲に唇を寄せる。


「だからさ、機嫌直して?」
「……もう、そんな、直すしかないじゃん。名前さんのばか」
「もっかい言って、今の可愛かった」


ちゅ、と俺の鼻先にキスをする名前さんは、至極楽しそうな顔をしている。名前さんのデレた顔なんて、これからも俺には気付ける気がしないんだけど。


「…名前さん、顔がいいから、女の人の相手頼まれるんだよ」
「別によくないよ」
「うそだ」
「出水が俺の顔を好きなら、この顔でよかったって思うけどな」
「……名前さん、ほんとずるい」
「出水が嫌なら、俺を接待に使うならボーダー辞めるぞって伝えてもいいよ」


真顔で言うから、多分冗談じゃないんだと思うんだけど。俺がここで頷けば、きっと名前さんは本当に実行する。他を探せばいいスポンサーと、代わりがいないS級の名前さんだと、どっちが組織にとって大切かなんて、考えるまでもない。でも「はい」と言うのは、本当にガキくさい気がして、嫌だった。


「…そこまでしなくていいです、でも」
「でも?」
「………俺以外に、あまり触らせないで」


俺が目と目を離さずに言うと、名前さんは黙って手で口元を隠した。それから数秒間何かを考えるように俺を見つめてから、照れたように顔を綻ばせる。


「……うん、そうする、絶対」
「…はい」
「ね、出水」
「…なんですか?」
「美人のOLよりお前がいいよ、俺は」


嬉しそうに、俺の前髪をよけておでこにキスをする。熱くなる顔を隠すように両手で顔を覆うと、名前さんがからからと笑った。きっとそれは、冒頭の太刀川さんに対する問い掛けの答えだと思う。やりきったというか、満足したという反応に、俺はせめてもの足掻きとして指の隙間から名前さんを睨むことくらいしかできなかった。


「好きだよ、出水」
「…っも、もう!俺も好きですよ!」



150623
10000hit thanks 春風様
太刀川隊2人はこういうの目撃したら最後まで見たくなっちゃうタイプだと思います。嫉妬というよりむくれ出水でした…!リクエストありがとうございました!