10000hit | ナノ

ピンポンピンポンピンポンとけたたましく連打されるインターホンにぎょっとした。家主、つまり名前さんが不在のこの家には、普段どんな客が訪れるのか。現在の時刻は夜9時を少し過ぎたところ。俺は明日が土曜日だから、名前さんちに泊まりに来ている。しかし本部で太刀川さんたちに捕まった名前さんは、鍵だけ俺に預けて本部の外へ引き摺られて行った。ドナドナされていく名前さんの悟った顔が忘れられない。


「……って、あれ」


恐る恐るドアスコープからドアの向こう側を見ると、よく知った上司の顔があった。って、近すぎ。なんで太刀川さんはドアスコープ覗いてんの?とりあえず鍵を開けてドアを開けば太刀川さんと、太刀川さんに寄りかかるようにして立ってる名前さんがいた。うわ、酒くさっ。


「あれ、どうしたんですか?」
「出水すまん、名前さんに飲ませすぎた」
「は?」
「じゃあ後は頼んだ」


名前さんのジャケットの首根っこを掴んで俺に押し付け、軽やかな足取りで帰って行った太刀川さん。遠くで「いてっ」という声がしたが、まぁ大丈夫だろう。問題は名前さんだ。俺に受け止められたまま、なかなか離れない。


「名前さん?」
「…ん」
「家ですよ、分かります?」
「あは、出水ただいまぁ」
「………え?」


ぎゅうぎゅう俺を抱きしめてくる名前さん。声のトーンが普段よりいくらか高く、随分とご機嫌というか、なんというか。表情は見えないが、きっとすごくニコニコしてると思う。あはって言った。名前さんがあはって言ったんだけど。玄関を開け放ったままではまずいと、とりあえず部屋の中に入りましょう。そう声を掛けると「わかった」と靴を脱いですたすたと室内へ入って行った。足取りはしっかりしているようだ。


「名前さん、水でも飲みます?」
「いらない」
「そうですか」
「出水、こっちきて」


カウチソファの上で胡座をかいた名前さんが、自分の膝を叩く。座れって?うん、座って。一応聞いたが、やっぱりそのままの意味だった。普段の名前さんなら絶対に言わない。早く早くと急かしてくる名前さんに半分諦めて、脚の間にすっぽりと腰を下ろした。


「…どんだけ飲んだんすか」
「いっぱい」


ひらがなで発音されたそれが、1杯ではなく一杯であることは考えなくても分かる。後ろから俺の腰に手を回す名前さん。そういえば、酔った時の行動は普段したくても我慢していることだという話を聞いた。にやける口元を隠すことはせず、俺の首筋にちゅっちゅとキスを落とす名前さんを享受する。あぁ、こういうことしたいと思ってたのは俺だけじゃなかったんだ。


「いずみちゃんかわいー」
「っちょ、名前さん」


首筋に走ったちくりとした痛み。もしかしてこれは、キスマーク、ってやつなのか。その後、同じ場所をぺろりと舐め上げられるぬるい感触に「ひぅ」というなんともマヌケな声が出た。


「かわいい、もっと聞かせて」
「ちょっと待ってちょっと待って!名前さん、目が座ってる!」
「問題ない」


俺の背中を支えながら、ゆっくりとソファに押し倒した。そこに覆い被さるように、顔を近付ける名前さん。普段、飲みすぎたと言っても「頭がガンガンする、気持ち悪い…出水、お前の名前さんは死んじゃうかも…」なんて言えるだけの余裕というか、意識はあった。太刀川さんは「飲ませすぎた」なんて簡単に言っていたが、これは相当だ。心の中で我が隊長への異議申し立てをしていると、ちくりとした感覚に意識が引き戻される。


「った、」
「俺以外のこと考えんの、やめて」
「名前さ、」


下から俺の目を見つめる名前さん。まてまて、なにそれ、なにそれ!名前さん、今までそんなこと言ったことないじゃん!顔がかっと熱くなる。これは、嫉妬、と言っていいのだろうか。再び好き勝手にキスマークを付ける名前さん。そんなこと言われたら、やめて、なんて言えないじゃないか。俺が名前さんの頭を抱き締めるように腕を回せば、名前さんの腕が、服の裾から入ってきた。


「っうあ」
「いずみ、ちゃんと食べてんの」
「食べてま、す、ってちょっと、名前さん、くすぐったい」
「顔赤い、かわいい」


ちゅ、と俺の頬にキスを落とした名前さんの酔っている割りに体温の低い手は、いまだに俺の上半身をまさぐってる。ふいに、その手がピタリと止まったと思えば、名前さんは上体を起こして頭を掻いた。


「…なんか、ねむたい」
「え、ねむいんすか」
「んー」
「……寝ます?」
「ん、一緒に寝よ」


…まぁ、いいか。このままだったら、きっと酔いが覚めた時に名前さんは頭を悩ますだろうし。まだ寝るのには少し早いかもしれないが名前さんの誘いを断ることなんてできず、彼のベッドに体と意識を沈めたのだった。


・・・


そう思ったはずだったんだけど。


「あー…」


目が覚めてすぐ、俺を見た名前さんがぎょっとしたように目を見開いた。「それ、俺?」と首元を指差されて、昨日のキスマークのことを思い出した。その問い掛けに頷くと、名前さんは「…二日酔いが吹っ飛んだ」と眉間を指で押さえながら言った。


「……出水、今日は任務あるよな」
「え………あ」
「………ごめん」


洗面台の鏡で自分の姿を確認する。うわ、寝癖すご。って、違う、違う。顔を少し横に向けて首筋を見ると、あちらこちらに。襟ぐりを広げて見れば、鎖骨の下にも赤い斑点が。うわぁ。これは、なかなか。他人事のように自分の首筋を見ていると、鏡に名前さんが映り込んで来た。鏡越しに目を合わせながら「他に変なことしなかった?」と聞かれたから、「…覚えてないんですね」なんて濁してみれば分かりやすく動揺するから面白い。ちゃんと訂正はするけど。それからバタバタと落ち着きなくクローゼットを漁った名前さんの、薄手の黒いハイネックシャツを着て本部へ向かった。


「名前さんに出水、同伴出勤?」
「太刀川ばかやろう」
「ごめんって名前さん、でも楽しかったじゃん」


盛大なため息を吐いて、俺に「任務頑張れよ」と言って訓練室へ歩いて行った。他の隊員へ指導…なんてことは血迷わない限りないと思う。きっと、ストレス発散だろうな。隊室に向かいながら、太刀川さんに名前さんにどれだけ飲ませたのか尋ねると「名前さんのために高い日本酒を開けた」とかいうことの顛末が容易く想像できる(嬉しくない)解答に顔が引きつった。しかしその後の、酔った名前さんはお前の自慢ばっかりしてたぞ、という太刀川さんの証言にたまにならお酒に飲まれるのも悪くないんじゃないかと思う現金な俺であった。


「あの後、名前さんどうなった?」
「…いや、まぁ」
「あー、なるほど。それで、それか」



150618
10000hit thanks 如月様へ
意外とテンパってくれませんでした…リクエストありがとうございました!