10000hit | ナノ

「陽介?」
「え、名前さん?」
「もう下校時間過ぎてるけど…」
「あっはっは、もちろん補習です」
「笑って誤魔化さないで」


下校時間の過ぎた昇降口にしゃがみ込んだまま、陽介は俺を見上げた。とりあえず隣に腰を下ろすと、陽介は俺の肩に頭を預けくる。こんな時間に残ってる生徒なんて居ないだろうと、押し返しはせずに受け入れることにした。


「名前さんは?」
「あー、空き教室で昼寝してた」
「はぁ!?」
「うわ、声おっきい」
「名前さんさぁ、そういう無防備なところ直した方がいいと思うぜ」
「無防備?」
「そう」
「……陽介、怒ってる?」
「…怒ってないっすよ」
「ごめんね、気をつけるよ」


ため息を飲み込んだであろう陽介に向けて、困ったように笑うことしかできなかった。だって眠たかったんだもん。陽介は過保護というか、面倒見がいいから。そういうところも好きだけど。そして、陽介と同じようにガラス張りの扉の向こうを見れば、今度は俺と陽介が揃ってため息を吐く番だった。


「これどうしよっか」
「ってことはやっぱり」
「傘なんか持ってないよ」
「だよなぁ」


外はバケツをひっくり返したような土砂降りだ。ざあざあと大きな音が邪魔をするせいで、実はさっきから俺たちの声のボリュームは普段より大きめだった。朝はあんなに晴れていたのに。残念なことに傘置き場に一本の傘もない。そりゃそうか、生徒はみんな帰ってしまっている。


「名前さん、これ1人でどうする気だったんすか」
「ほら」


がさりとポケットから取り出したものを見せる。一瞬で俺の考えを理解した陽介は「やっぱりね」といった微妙そうな顔をする。そりゃあな。俺がポケットから取り出したのは、教室で使ってるゴミ袋だ。予備に二枚拝借したから、一枚を陽介に渡す。


「カバンと学ラン入れて」
「はい」
「走るよ」
「ですよね!」
「任務は?俺はないけど」
「俺もない」
「じゃあ俺の家まで走ろっか」


陽介の手を取って立ち上がる。シャワーのように降り続ける雨の中、2人大股で走り出した。水溜りが跳ねるのを気にしていたのも最初だけで、うちのアパートの軒下に入った俺たちは互いの格好の悲惨さを見て笑い声をあげていた。


「やべー、なんとか着いて良かった」
「それ」
「今タオル持ってくるから待っててね」


そう言って床が濡れぬもの気にせず(むしろ諦めた)、脱衣所から畳んであるバスタオルを取る。このまま戻れば、床が更に濡れるのか。面倒だから、ワイシャツもスラックスも脱ぎ捨てて軽く体をタオルで拭く。脱ぎ捨てられた制服を見て、今日が金曜日で良かったと心から思う。


「陽介、タオル」
「ありがと…って、なんで脱いで、」
「びしょびしょだったもん」
「…名前さんはその無防備さをどうにかしてって言ってんじゃん?」
「この場には陽介しかいないよ」
「だからさぁ!」


あーもう!とタオルで顔を覆う陽介。可愛いやつめ。上がり框の段差のおかげで、俺の方が10cmほど高くなった目線から陽介を見る。するりとタオルを引き抜けば、カチューシャが意味を成さずに顔に髪の毛が掛かる陽介と目が合った。その前髪を除けて、おでこにキスをする。うん、明日が休みで本当に良かった。


「陽介の前だけだよ」
「……名前さん、ずりぃ」
「ていうか、無防備なのは陽介だよ」
「は?」
「なんの疑問も持たずに、一人暮らしの男の家に来ちゃダメだろ」
「それは名前さんだからじゃ、」
「俺だから余計に、だよ。さぁ陽介、一緒に風呂に入ろう」
「え、一緒に、!?」
「だって明日は休みだもんね」
「……そういう意味か!」
「今気付いても遅いかなぁ」



151006
10000hit thanks もろこし様
たいっへん遅くなってしまって申し訳ありません…!出水、迅、米屋、の誰かということでしたので、私の好みと偏見で米屋にしてしまいました。健全なまま終わります…!
リクエストありがとうございました!