10000hit | ナノ

「出水!」
「あれ、名前さん?」


誰もいない隊室で時間を潰そうとスマホを弄っていると、名前さんの声とともにソファの後ろから俺を抱きしめるように手が回ってきた。よく知った匂いに警戒心を覚えることもなく、後ろに顔を向ければいつもの黒い隊服を身にまとった名前さんがいた。なんだかご機嫌だ。


「どうしたんすか?」
「出水、お前今夜暇か?」
「え、はい、まぁ」
「うちに来い。抱いてやっ、ぶへっ」


抱いてや、え?いつもより男らしくて少し強引な言い方にドキッとした瞬間、名前さんが消えた。消えたっていうか、横に吹っ飛んだ。さっきまで名前さんがいた場所には太刀川さんが滅多に見ない怖い顔をして腕組みをしていた。なに、まさか、飛び蹴り…?


「太刀川、てめぇ今何言おうとしてた」
「いたたた、いきなり飛び蹴りはひどいだろ名前さん」
「トリオン体だから痛くねえだろ」
「心が痛い」
「頼むから俺の体で変なことすんのやめろよ」
「こんな機会二度とないじゃん」
「え、あの、どういう状況?」


蹴られたらしい腰を押さえてゆるりと立ち上がった名前さんと、相変わらず眉間に深いシワを寄せている太刀川さん。そして意味深な会話内容に戸惑いを隠せない。蹴られたのが太刀川さんで、蹴ったのが名前さん?つまり、なに?


「あぁ、俺と名前さんが入れ替わってんだ」
「不本意」
「入れ替わ、…ってことはなに、さっきの、太刀川さん!?」
「普段の名前さん、押しが足りねえんじゃねーの?」
「あ?」
「出水も満更じゃなさそうだった」
「はぁ!?出水!」
「えっ、だ、だって!ちょっと男らしくて強引な感じ初めてだったから!」
「あっはっは、名前さん普段からどんだけ過保護なんだよ」
「…………分かった、これからは強引に行くから覚悟しといて」
「太刀川さんの顔で言われても…」


太刀川さん、もとい名前さんは黙って隣の名前さん、もとい太刀川さんの頭をスパンと叩いた。今のは俺が悪い。ごめんなさい。心の中で謝っておこう。ことの発端はお馴染みの冬島式トリガーらしく、太刀川さんと名前さんのトリガーをこっそりすり替えた結果こうなったとか。そして厄介なことにいつ元に戻るか分からないらしい。やっぱり暇なのか。


「名前さんの体でナンパしてくるわ」
「ヒゲ剃るぞ」
「ごめんなさい」
「なにかあったら根性焼きな」
「名前さん怖すぎ」


俺を盾にするように背後に回った太刀川さん。普段通りだったら特に気にせずにいただろうけど、なんせ見た目が名前さんだ。


「名前さんの体にそれはちょっと…」
「そこ?」
「そりゃあ、まぁ」


・・・


「名前さん、帰りましょ」
「うん。あれは勝手にさせておこう」


アレ、とは。適当に捕まえたであろう隊員と模擬戦をする太刀川さん(見た目は名前さんだが)だ。モニターに映し出された彼は、楽しそうに二本の孤月を振るう。モニターに背を向け階段を上っている名前さん。すると、その横を通り過ぎようとしたC級隊員の女子が体勢を崩すのが視界に入る。まずいと思ったが、俺より先に名前さんがその女子の体を受け止めていた。


「大丈夫か?」
「わ、す、すみません!」
「別に気にしなくていいよ、怪我しなくて良かった」
「っありがとうございます…!」


ぱたぱたと俺たちの進行方向とは逆の方向に消えた彼女は、去り際に一瞬しか見えてないが顔を赤くしていた。まぁそれは仕方ない。あのナイスとしか言いようのないアシストに加え、普段の太刀川さんでは見たことがないような優しい微笑み。さすが名前さん、ポテンシャルが高い。彼女の中での太刀川さん株が急上昇していそうだが、残念。中身は名前さんなのだ。


「泊まる予定だったんですけど」
「ん?」
「やっぱり帰ります」
「用事?」
「いや、なんつーか…太刀川さんと一緒に寝るのはちょっと……」
「まってくれ、なんか傷付いた」
「え、ちょっ」
「今のは俺が拒否されたようで心に傷を負った」
「うわっ近い近い!」
「うわって言われた!このままちゅーすんぞ!」
「ぎゃあ!」
「ちょっとちょっと名前さん頼むから待って俺の体で部下に迫るのやめて!」


名前さんに壁ドン紛いのことをされリアルに冷や汗を掻いていると、模擬戦を終えたらしい太刀川さんが慌てて止めに入ってきた。すんなりと離れた名前さんは、太刀川さんを指差し俺を見る。


「じゃあこいつと帰ってくれ」
「えっ、やだ」
「なんか俺が傷付いくんだけど…って、冬島さんが戻してくれるってよ」


それを伝えに来たのに、と名前さんの顔でため息をつく太刀川さん。それから30分後、眉間に皺を寄せた名前さんといつも通り緩い表情の太刀川さんが戻って来た。楽しかったなぁと笑う太刀川さんを、名前さんが全く楽しくないと一蹴していた。


「じゃあもう喧嘩すんなよ」
「どの口が…」
「ごめんってば、名前さん」


太刀川さんと別れて、本部を出る。ポケットに手を入れ、俺の一歩先を歩く名前さん。もしかして、怒ってる…?あぁ、これは完全に俺のせいだ。でも、いや、だって。太刀川さんは俺の上司だし、気不味い以外の何物でもない。ううん、でも。一歩大きく前に出て、名前さんの腕に手を回した。


「…名前さん、ごめんなさい」
「え、あ?なにが?」
「なにって、さっきの…」
「あぁ、いや、別に怒ってないよ」
「じゃあなんで1人ですたすた歩いてっちゃうの…?」
「ごめんごめん、考え事してた」
「……名前さんのばか」
「あはは。考えたんだけど、もし出水と太刀川が入れ替わったとして、その出水と一緒に過ごすって難しいかもしれないな」
「……それは、」
「だから、変なこと言ってごめんね」


俺が組んでいた腕をさり気なく外して手を繋ぎ直した名前さん。少しだけ手に力を入れると、名前さんもしっかりと握り返してくれる。そうそう、俺が好きなのはこれだ。


「俺、やっぱりこの名前さんがいいや」
「だろうよ」



151006
10000hit thanks ハルカ様
大変遅くなってしまって申し訳ありません…!入れ替わりネタを、とのことでしたので、当サイトでのご都合主義イタズラ要員の太刀川さんとの入れ替わりになりました。リクエストありがとうございました!