sss | ナノ


「まだぁ」
「まだー」
「いつおわるのー」
「あとすこしー…いて」
「そればっか!」


カタカタ、と一定のリズムでタイピング音が響く。なにをしてるって、俺も一応大学生で。どっかの誰かさんはさておき、それなりの量のレポートを提出しなければいけない。今現在、任務が立て込んで全く手を付けることができなかった提出日の近いレポートを片付けている。しかし昨日、今日と続くそれのせいでご機嫌斜めの恋人は、俺の背中をクッションで軽く叩く。振り返らずともむすっとした表情であることは分かるが、ここで折れてはいけないと意志を固める。


「あと少しだから」
「いいです!レポートと仲良くしててください!」


出水はテーブルの上にあったリモコンで、ほぼほぼ作業用BGMと化していたテレビを消す。おれは風呂に入ってきますからね!と語尾を強く言う出水。構って欲しいのは分かるし、俺だってパソコンよりお前に構いたいんだけどな。俺がおたくの隊長みたいになったら、それはそれで嫌だろう。そんな言葉は飲み込んで、キーボードを叩く行為を再開させた。それから数十分、無事にレポートを完成させ伸びをするように背中を反らす。


「出水はまだ……ん?」


まだ風呂だろうか、と立ち上がると背後にあったカウチソファに丸まって寝ている出水を見つけた。猫みたい。いや、そうじゃなくて。気付かないくらい集中していたのか。すうすうと静かに寝息を立てる彼を見て、少し申し訳なくなった。頭を撫でて髪の毛はしっかりと乾かされていることに安心し、ブランケットを掛けてやる。寝室に運ぼうかとも思ったけど、まだ就寝時間には程遠いからなぁ。夕飯も食べてないし、そのうち起きるだろう。まず俺も風呂に入ろう。





とりあえず下にはジーンズを穿いて、自分の頭を雑にタオルで拭く。そのまま脱衣所の扉を開けて、「いずみー?」と名前を呼んでみるが反応はない。まだ眠っているのか。起きたら何を食べよう、まず我が家に食料があったのか。自分の家のはずが何も把握していない己の生活力のなさに笑ってしまう。「お前は食生活が杜撰だ」と眉を寄せる同級生の顔を思い出しながら、冷蔵庫の中身を確認する。卵、豆腐、牛乳。


「…いやいや、これをどうしろっていうんだよ」


思わず自分で自分につっこみを入れるレベルでお手上げなんだけど。豆腐を買った記憶もない。うーん、買い物に行くかぁ。


「なにやってんですか」
「うわっ!」
「…失礼な」
「い、出水…さすがに素肌に抱き着かれるとびっくりする」
「そんな恰好でいるから」


背後から回された手の感触に驚いた。どうやらお目覚めらしい。ぱたんと何も入っていない冷蔵庫を閉じると、「ねえ」と耳元で出水が俺を呼ぶ。


「ん?」
「レポート、終わったんですか」
「うん、待たせて悪かった」
「…あの、おれこそ、こどもっぽかった」
「………」
「ごめんなさい」


そう言って俺の肩に顔を埋める出水。この調子だと、恐らく風呂に入るといってから反省というか、後悔をしていたんだろうか。こういうの、なんて言うんだっけ。可愛い、じゃなくて、えーと…いじらしい。そうだ、いじらしい。「もう終わったから、ご飯にしよう」と言っても返事はなく、代わりに軽いリップ音が俺の肩に落ちた。


「ね、かわいがって」


(診断メーカー・いろんなキスの意味より)