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「おはよう、公平!」
「ん」

今日も俺の弟は可愛い!祝日だからと、いつもより遅めにセットした目覚ましに起こされ、二度寝しようかとも思ったが朝からトーストを頬張る公平を見られたからヨシとしたい。俺も向かいの席に付いて母さんが用意してくれたトーストを口に運ぶ。公平は普段学校で見ることがないバラエティ番組を物珍しそうに見ている。

「……なんだよ」
「あ、ごめん」
「別にいいけど」

俺の視線に気づいた彼は、横目でこちらを見てすぐにテレビに目線を戻す。別にいいけど、だって。かわいい。ていうことは見たままでいいってことだろうか。

「そういうことじゃねえよ!」
「えっ!」
「なに、おれの顔になにかついてる?」
「ううん、可愛いなぁって」
「やめろ!」
「へへ」

瞳を揺らしながら顔を赤くする公平。最後の一口のトーストを口の中に放り込んでから牛乳で流し込む。そんな俺を未だにちらちらと見ている公平に小首を傾げれば、彼は言い難そうに口を開いた。

「なぁ、このあと、時間あんの」
「え、俺?」
「…他に誰がいんだよ」
「え、あるある!たくさん!っていうか、いくらでも作るし!」
「そういうのいいから」
「だって」
「……まぁいいけど。じゃあこれから出掛けるぞ」
「うん、わかった」

珍しい。公平が俺を誘ってくるなんて。その事実だけで俺の気分はうなぎ登りで、いつもより多めの金額を財布に入れたし、いつもより時間を掛けて服を選んだ。完璧だ。既に玄関で靴を履いていた公平に待たせたことを謝ると「別にいい」と視線を外しつつ言われた。今日は一体どうしたんだ。いつもなら「遅い」と小言の1つや2つはあるはずなのに。具合でも悪いのかと聞けば、右肩をグーで叩かれた。元気そうだ。

「公平、なにか欲しいものでもあるの」
「……別にねえけど」
「なにかあれば言って、お兄ちゃんが買ってあげるからね」

微かに眉を寄せた公平は、俺の腕引っ張ってどこかへ向かう。着いたのは映画館で、最近公開が始まったアクション映画の大きなポスターの前で「ここで待ってろ」と言って人混みの中へ歩いていってしまった。言われた通り、数分その場で待っていると、公平はドリンクカップを両手に持って戻ってきた。

「持って」
「え、うん」
「行くぞ」

黙って公平の背中を追い、劇場内に入る。一番後ろの席に二人で座れば、そこそこ席が埋まったところで照明が落とされた。これから公開される映画の予告が流れる中で隣に座る公平に「なんの映画なの」と小声で訊ねる。差し出されたチケットの半券に書かれた文字を見て、弟の顔を二度見した。

「これ、ホラーじゃん」
「……うるさい」

無情にも、映画は始まってしまった。結論から言うと、映画はとても面白かったです。ずっと見たかったから、俺的には大満足、なんだけど。

「公平?」
「…なんだよ」
「大丈夫だった?怖くなかった?」
「う、うるせえ!」

片手で目元を隠す公平に狼狽えながら、なにか食べに行こう?と聞くと小さな声で「……エビフライ」と返された。うんと頷いて、公平の頭をくしゃりと撫でてやる。近場の洋食屋に入り、注文した2尾のエビフライが乗った定食を食べ進める公平の機嫌は元通りになったようだった。

「公平、今日どうしたの」
「別にどうも…」
「さすがに俺だって分かる」
「……今日、」
「今日?」
「なんの日か知ってんの」
「えっと、なんだっけ、敬老の日?」
「それはおれの誕生日だろ…日本人としてどうなんだよ…」
「あ、勤労感謝の日だ」
「そうだけど、違くてさ」
「ん?」
「11月23日じゃん」
「うん」
「いい、兄さんの日って言うから」
「…………」
「……黙るのやめろよ」

11月23日。いい兄さんの日。だから、せっかくの休日にわざわざ俺を連れ出して、苦手なはずのホラー映画まで付き合ってくれたのか。居心地悪そうに俺を見る公平の姿に、涙が出そうになった。

「ちょ、泣くなよ!」
「だって、公平、公平…」
「…いつもありがとう、おにいちゃん」

おにいちゃん。いつの間にか呼び捨てにされるのが当たり前になってしまって、久しぶりに呼ばれた呼称を照れくさそうに口にする俺の弟は本当に可愛い。それから二人で目的もなく色々な店に入ったり、公平がじっと見つめていた個性的な絵が描かれているTシャツを買ってやったりしながら素晴らしい祝日を過ごした。生きててよかった。

「俺の弟って世界一かわいい…」
「っそれやめろ!」



(11月23日に書いたやつです)