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「名前ー」

見慣れた後ろ姿を見つけ、背後からそいつの肩に腕を回した。少し体重を掛けてみると「慶、重いよ」と柔らかく微笑んだことが横顔からでも分かった。

「そっちの授業が延びてたみたいだから、飲み物でも買って待ってようとしてたところなんだ」
「そうそう、予想外すぎんだよ」
「でも真面目に受けて偉いね」
「だろ」

大学構内は基本的にどこでも人がいるし賑やかだ。この場所も例に漏れず、長い拘束から解放されたと嬉々として立ち話に花を咲かせる者から、次の授業を受けるために足早に駆けて行く者まで様々だ。俺たちはその中で、どちらかというと前者に分類されるわけだけど。

「本部に行く前に学食に寄って行こうよ」
「いいな、そうしよう」
「そう言うと思って、食券買っておいたんだ。はい、コロッケ定食」
「なんで俺がコロッケ食べたい気分だって分かった!?」
「俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
「似てないな」

授業を頑張ったご褒美に、と名前から受け取った食券で定食を食べる。向かいの席に座り、箸で小さく分けたハンバーグを口へ運ぶ名前はひどく絵になる。あの風間さんが頷くレベルだ。普段はごついウエリントンフレームの黒縁メガネを掛けているためか、違う学部で授業が被らない生徒からの印象は、この整った顔立ちよりもメガネだとか薄い髪色だとかに寄っている。俺にとってはその方が良いんだけど、なんだか悔しいという気持ちもある。でもそれは生徒の一部の話で、既に同じ学部だったり、人から伝わったりすることで多くの生徒(特に女子)に知れ渡ってしまっていることだが。しかもボーダーであるとくれば、興味や関心の目を向けられることも多くなる。現にちらほらと視線を感じているし。

「名前のメガネって伊達なんだよな」
「そうだよ」
「掛けてないと、どんな感じになんの?」
「えーと、視界が歪むって言えばいいのかな」
「なんか具合悪くなりそう」
「歪みは全体じゃなくて一部だから、そこまで支障はないんだけどね」

名前には人の視界を盗み見るサイドエフェクトがある。本人はいやらしいと言うが、狙撃手やカメレオン殺しとして戦いの場では大いに活躍してもらっている。そのサイドエフェクトのせいか、人からの視線にひどく敏感で、その視線の数が多いと自分の視界に影響が出てくるらしい。それがメガネやコンタクトを通せば軽減できるとのことだ。コンタクトでなくメガネを使用しているのは、そもそも視力がいいことと、大学の外や今以上の視線を感じることのない本部ですぐに外せるようにしているためだとか。

「トリオン体だと影響ないんだけどね」
「不思議なもんだな」
「うん」



(出水の前に太刀川さんで連載する予定でした。その1話目、中途半端に描いたやつです。視界ジャックしたい欲が出た)