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「なんでお前はさぁ、毎度毎度こう…」
「それ以上はやめてくれ」
「分ってんならどうにかしなよ」


作戦室の机で目を細めながらキーボードを叩く同級生は、俺の言葉を聞いていない振りをしているのか、ヒュウと短く口笛を吹く。だんだんとパソコンに向かう姿が、機械に不慣れなおじいちゃんに見えてきた。彼の財布から奪ったお金で買った缶コーヒーに口を付ける。独特の苦みのせいで俺はなにをやっているんだと目が覚めそうになったが、残っていた良心が静かに首を振った。


「これが太刀川じゃなかったら俺だって笑顔で手を貸すんだけどなぁ」
「迅とか?」
「まぁ、そうだね」
「相変わらず迅が好きなのか」
「うん…って違う、お前が何度も何度もレポート溜めるからもう少ししっかりしろって言いたいんだよ」
「でも苗字に監視されるだけで俺は期日を守るぞ」
「自分で言ってて悲しくないのか?」
「ほら終わった!」


これ以上なにかを言うのはやめて、メールで提出をするところまでを確認してから作戦室を出る。去り際に太刀川はお礼を言いながらテーブルに置いてあったみかんを1つ俺に握らせた。これ、勝手に人にあげていいものなんだろうか。


「あ、名前さん」
「……迅!」
「なにそのみかん」
「さっき太刀川に貰った」
「みかん渡すとか、なんかおじいちゃんみたい」
「あはは、そうだな」


廊下を歩いていると、心地よい声に呼び止められた。支部所属、そして趣味が暗躍だからか、なかなかタイミングが合わずに久しぶりに会った気さえする迅の姿は、最後の記憶となんら変わりはなかった。


「またレポート?」
「うん、忍田さんに頼まれて」
「名前さん、先週もそんなことしてなかったっけ」
「先週は確か、嵐山と一緒にレポートやってたな」
「学年違うんじゃない?」
「俺が去年やった内容だったから」
「ふーん」


迅のいう先週とは、任務が忙しくてあまり手を付けられなかったレポートがあるという嵐山に、去年同じ内容でレポートを書いてるから相談に乗れると思うと言って誘った時のことだろう。余談だけど、その時の俺は今日太刀川が書いていた内容のレポートに手を付けていた。


「いいなぁ、大学生ばっかり」
「……迅?」
「っあ、いや、大学生になりたいとかじゃなくて、」
「え?」
「な、なんでもない」


それじゃあ、と一方的に話を切り上げようとする迅。迅がなにかしたいことがあるなら、全力で手伝ってあげたい一心で彼の手を掴んで引き留めた。


「……なに?」
「いや、迅の話が聞きたくて」
「名前さんってお人よしだよね」
「そうでもない」
「だから太刀川さんのレポート断れないんだよ」
「お前は俺に断ってほしかったの?」
「そうじゃ、ないけど」


振り返った迅悠一という男は、今まで見たこともないような表情で俺を見る。俺が手を放さないことに、戸惑いつつも言葉の続きを促されていることに気付いただろう迅は、静かに瞳を揺らした。


「やだ、名前さん後悔するよ」
「しないよ」
「ねえ、なんでそんなにおれに構うの」
「俺はお前が好きだから」
「…は、」
「だから、思ってること全部聞きたいし、叶えてやりたいと思うよ」


一瞬だけきょとんとした迅は、どこかむず痒いとでも言いたいような表情で、再び俺を見据えて口を開いた。


「…おれも、名前さんが好きだよ」
「……」
「でも…でもおれは、視えるから、名前さんのものにはなれない」
「……うん」
「だから、」
「お前はどうしたいの」
「どうって……」
「いいよ、言って」


俺が叶えてあげるから。


「……おれのものになって、名前さん」
「うん、いいよ」


俺がそう言って笑えば、引き留めた時から掴んだままだった手をそっと握り返された。迅はまだどこか納得してないように、やっぱり名前さんはお人よしだと小さく呟く。


「それでいいよ」
「なんで」
「迅のそんな顔が見れたから」
「……おれの視えた未来と違う」
「どんな未来だった?」
「まず、名前さんに引き留められなかった」
「こんなところで迅の予知を覆せるとは思ってなかった」


ということは、反射的に引き留めて正解だったらしい。これでおれが名前さんを好きって言わなかったらどうしたの?と迅は言う。その時はその時で、大切な後輩だからとか誤魔化したと思うけど。“好きじゃなかったら”じゃなくて、“好きって言わなかったら”って言うくらいには、迅は俺のことが好きなんだなぁと内心笑みを深めた。


「とりあえず一緒にみかん食べよう」
「あぁ、忘れてた」



151205 祥星さんへ捧げます。
お、遅くなってしまいましたがお誕生日おめでとうございました…!これからも陰ながら応援させていただきます!


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