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「なんかお前元気なくね?」
「そう?」
「おう」


向かいの席で力うどんを食べる彼はA級1位隊隊長の太刀川だ。レポートの締め切りが迫っているらしいが、助っ人を捕まえたからバッチリだと言っていた。違う、そうじゃない。俺の顔をじっと見ながら、咀嚼していた餅を飲み込んでから太刀川は口を開く。


「悩みでもあんの?」
「悩みかぁ……あるといえば、ある…?」
「俺に聞くなよ」
「そうなんだけどね」
「珍しいな、名前が表情に出すの」
「顔に出てた?」
「うん」


蕎麦を食べ終え、箸を置いた。太刀川の言葉通り、俺の頭の中を占めるのは、この前の米屋の言葉だった。実際どうしたらいいのか分からなくて、ここ数日間米屋を避けてしまっている。あいつに悪いことをしてるのは十分に分かっているけれど、どういう顔をしたらいいのかが分からない。かと言って、それを素直に友人に相談するのも如何なものかと思う。


「彼女に振られた」
「あっはっは!マジかよ」
「お前は人の不幸を…」
「すまんすまん。だって付き合って1年くらいじゃなかったか?」
「うん」
「浮気されたか」
「違うよ!遠征中に連絡取れないのが嫌なんだって」
「浮気じゃね?」
「やめて!聞きたくない!」
「そんなに好きだったのか?」
「…………」
「いや、黙るなよ」


太刀川は腹を抱えて笑い、目に涙を溜めている。そんなに好きかと聞かれればそうでもなかったかもしれないけど、浮気をされたっていうのは流石に俺のプライドの問題で…そう言えば再び声をあげて笑うこの男。なんか俺に恨みでもあるのか。


「お前は人が良さそうだからなぁ」
「俺は健気で一途な子がいい…そんな人間いないだろうけど…」
「いや、探せばいるって。頑張れ」
「例えば」
「あー、うちの出水とか」
「え!出水くん彼女いんの?」
「彼女っていうか、まぁ」
「へぇ、いいなぁ」
「名前さん、俺も一途っすけど」
「うわっ!」
「米屋、名前が傷心中だから励ましてやってくれ。俺はこれから任務だから」


おぼんを持って席を立つ太刀川と、いつのまにか隣の席に座っていた陽介を交互に見る。まさか、俺を置いていくのか。そんな願いも空しく、太刀川はこちらに背中を向けて歩いて行ってしまった。隣の陽介は、いつもの真っ黒な瞳で俺を見る。


「名前さん彼女と別れたの?」
「うん、振られた」
「ラッキー」
「ラッキーって」
「っていうか、名前さん俺のこと避けてたっしょ?」
「そんなこと、ないよ」
「嘘だ。流石に傷付くなぁ、俺」
「……ごめん」
「ほら、やっぱり嘘だった」
「あっ!陽介ずるい!」


けらけらと笑う陽介を一瞥して、食器をおぼんごと持って立ち上がる。頭にクエスチョンマークを浮かべる彼に「返却口に持っていくんだよ」と言えば、俺の後ろを付いてきた。まだ昼時で、食堂には人が多い。返却口でおぼんを受け取ってくれた職員にお礼を言い、騒がしくない隊室近くの廊下までやって来た。


「陽介」
「はいはい?」
「流したままには出来ないと思って」
「あぁ」
「……俺にとって、陽介はまだただの可愛い後輩なんだ」
「まぁ、分かってましたけどね」
「………ごめん」
「でも俺がこれからも名前さんを好きでいるのは、許してください」
「…うん、分かった」


この言葉を言うのに躊躇し数日が経ってしまっていた。陽介は特に大きく表情を変えたりしない。「じゃあうちの隊はこれから防衛任務なんで!」と手を振り掛けていくその後ろ姿は、どことなく機嫌がよさそうにも見えた。


151112


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