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あれは恐らく、キスというものだろう。いや、分かりきったことなんだけどさ。きっと「おかえり」や「久しぶり」のキスではないだろう。ここは日本だし。唇だし。隊長や当真に話してからかわれるのも面倒かな。寝てる俺にちゅーした人がいるんだけど知らない?なんて言えるわけないかな。


「名前さーん!模擬戦!」
「陽介、久しぶり」
「あ、おかえんなさい!」
「普通はそれが最初でしょ」
「ごめんなさい」


へへ、と肩を竦めるこの男は米屋陽介。三輪隊の攻撃手で、いわゆる戦闘狂に分類される彼によく模擬戦に付き合わされたりしているが、まぁ可愛い後輩である。帰還後、真っ先に模擬戦を申し込まれるとはなかなか。


「俺これから授業だから」
「まじかよ!タイミングわりぃの」
「仕方ないでしょ、授業には出なきゃ」
「ちぇ」
「残念だったね」
「また今度、絶対っすよ!」
「あ、そうだ陽介」
「ん?」
「昨日の任務って遠征組以外に、どこの隊が出たの?」
「俺らと…あっち側に迅さんと嵐山隊」
「え、まじで」


迅さんと嵐山隊か。それは分が悪い。でもうちの当真が緊急脱出させられるとは思わなかった。いや、そうじゃなくて。本部にいた人間なら、もしかして仮眠室に入っていく人物の姿を見ている人がいるかもしれない。


「どうかしたんすか?」
「いや、ただ俺が仮眠室にいる時に、部屋に入ってきた人がいるかなぁって」
「あぁ、それなら」
「え、見たの?」
「俺かな」


………は?顔色1つ変えずに黒い瞳で俺を見る陽介。いや、俺が寝ている時のことだろう。そうだそうだ。知りたいのは、その後に来た人物のことだ。そう己を納得させていると、陽介が少し口角を上げて口を開いた。


「名前さん起きてたのか」
「え?」
「俺すよ、キスしたの」


先ほどから、隊員たちの話し声やら笑い声やらが聞こえていたこの場所が、一瞬で静かになったような気がした。その代わりに、陽介の言葉が脳内で反響する。おれすよ、きすしたの。


「………は?」
「10秒くらい固まってそれかよ」
「だって、いや、え、なんで」
「なんでって、俺は名前さんが好きだから」
「……好きって」
「女の子だと思ってた?」
「そりゃあ、まぁ」


オペレーターの子か、一般職員かと思っていた。あ、女性隊員の可能性も最初から考えてなかった。あの人たちの「いつか殺す人物」にカテゴライズされていることはあっても、恋愛は絶対にない。俺も嫌だな。加古とか、俺の胃袋から殺しにかかってるもん。そんなことよりも、だ。


「俺のどこが好きなの?」
「唯一、俺が倒されてもいいって思える人だから」
「返答が戦闘狂だ…」
「褒めないで!」
「褒めてはいない」
「なんだ」


笑顔の陽介は「これで名前さんは俺を意識せざるを得なくなったな」と言う。全くもってその言葉通りだ。あれから1人になっても頭の中はそればっかりで、出るはずだった授業も既に始まってしまって結局自主休講という結果になってしまったんだから。これからどうしよう。


151112


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