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先日の一件を踏まえて少し考えた。独り暮らしを始めてから長い間住み続けてきたマンションには大きな問題点がある。立地条件、建物の造りに問題はない。問題は、長く住んできたゆえに今現在連絡を取り合ってないような面々にも住所、しかも部屋番までが割れてることだ。思い立ったら吉日。つまり何が言いたいかって、引越しをしたわけだ。


「普通にいい場所じゃねえか」
「だろ。あ、煙草はベランダな」


引越しは暇な大学生組に手伝ってもらい、元々物が多い部屋じゃなかったのもあってかスムーズに滞りなく終わった。任務だ買い物だと、今はベランダで煙草を吸う洸太郎しかいない。


「ていうかよ、急な引越しすぎねえか」
「そんなこともないな。前から考えてたし、目を付けてた物件だし」
「前の方が本部近くね?」
「まぁ、そうだけど」
「…ってうわ、雨降ってきた」
「ほんとだ」


ぽつぽつと雨粒が落ちていく。そういえば朝の天気予報で言っていたような、言っていないような。煙草の火を消して室内に戻ってきた洸太郎は、せわしなくジャケットを羽織り玄関へ向かった。雨が強くならないうちに本部へ向かうらしい。


「傘貸してくんねーか」
「傘は1本しかねえわ、俺あとで使う」
「でも2本あんぞ」
「あ、ほんとだ」
「借りていいか?」
「黒い方は俺のだから使っていいよ」


さんきゅ、と短く言った洸太郎は、下足棚に立てかけられていた2本の傘のうち“黒い方”を引っ掴んで外へ出て行った。残ったもう1本の“赤い方”は出水の傘だ。この前の雨の日にそれを持ってうちに来たはいいけど、帰りにはカラッと晴れていたから「名前さんちに置き傘します」とか言って置いて行ったやつだ。俺の記憶が曖昧なのに、引越し荷物としてちゃんと新居に来ていたことに驚いた。

あれ、ていうことは出水は傘持ってないのか?とりあえずメッセージを飛ばす。時間を確認すると、まだ帰りのHRが終わるか終わらないかっていう時間だ。これは俺の学校のスケジュールだっていうのが、些か心配ではあるが仕方ない。さっきよりも雨音が強まった気がする。1分後、返信が来た。


『あ、傘ないです』
『まだ学校?』
『はい』
『迎えに行く』
『やった!まってます!』


その返信を確認してから、赤い傘を持って家を出た。元々、引越し先を知らない出水を近くまで迎えに行く予定だったから丁度いい。前のマンションよりも普通校、さらに出水家に近い場所だから尚更だ。本部からは少し離れたが、まぁ許容範囲だろう。相変わらず雨は降り続いている。豪雨ではないが、傘を使わずとも凌げる程度の雨ではない。学生服に色とりどりの傘を持った学生とすれ違いながら、校門に着いたことを出水に伝える。流石に母校でもないのに、校内に入っていく勇気はない。


「名前さーん!」
「おー、出水…と?」


声のした方を見れば、水色の傘に入る出水と、その傘を持つ一人の女の子が目に入った。


「ここまで入れてくれてさんきゅ」
「別にいいよ。ていうか出水の知り合いにこんなイケメンがいるなんて知らなかった」
「あんま見んなよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「何かが減るんだよ」


すっと俺の持つ傘の下に移動してきた出水は彼女のことを「クラスメイトですよ」と言う。普通にそうなんだろうが、女の子は俺を見てぺこりと会釈をし「ただのクラスメイトですよ」と念を押す。なんで念を押されたのか。


「彼女とかじゃないんで!」
「お前みたいな彼女はいらねーよ」
「あんたね…!あ、そろそろバスが来るから行くね、ばいばい出水」
「おー」


彼女は跳ね返りを気にしながら小走りで去っていく。その後ろ姿を眺めていたが、出水の声で意識を引き戻される。出水は「早く帰りましょ、新居すげえ楽しみです」と遠足前でわくわくしている小学生のようだった。


「名前さん、どうしました?」
「ん?」
「なんか、ぼうっとしてる」
「いや、あー…」
「なに?」
「さっきの子、いいなって思って」
「え、浮気…?」
「は!?そうじゃなくて!なんつーか、あの軽口の感じとか、同級生とかさ、正直結構羨ましいんだよな」
「……それ、妬いてる?」
「あぁ、そうかも」
「あ、うわ、えっと、名前さんが同級生だったら、きっと弟子とかなってないし、でも、友達から始まるそれも、悪くないけど!いや、絶対おれは名前さん好きになるし、あの!その!」
「なんでお前がテンパってんの?」
「だって!名前さんが!」
「ごめんごめん、忘れて」


そう言って笑えば、出水は俺の上着の裾を掴んで足を止めた。あ、やっぱり出水の肩も濡れてるな。意識はしてたんだけど、傘1本はキツイよなぁ。


「忘れられないよ、名前さん」
「じゃあ忘れないでいいよ」
「…俺は名前さんがすき」
「分かってる。それでも、引越し前のアレとか、俺も内心焦るみたい」
「前の、って、あぁ…あの人…」
「…ていうか、来る前に洸太郎に傘貸しちゃってさ。ごめんな」
「あ、あの!俺、えーと…名前さんに嘘ついてたんすけど、折り畳み傘、持ってました」
「まじで?」
「名前さんと一緒に帰りたかったし、まさか、相合傘できるとは思ってなくて、ですね…」
「あぁ、相合傘」
「俺のこと濡れないようにしてくれてるのも知ってるし、そのせいで名前さんが濡れちゃってるのも分かってるんすけど、」


俺、今すげえ幸せ。出水はそう言いながら、嬉しそうに頬を緩める。そう言われてしまえば、俺には何も言い返せないし、これこそが最善であった気さえする。とりあえず今言えるのは、今後も我が家の傘の本数が増えることはないんだろうなってことくらいだ。


「……出水、キスしたい」
「えっ!?外、名前さんここ外!」
「ごめん、無理」
「んっ!」



151019
傘に隠れてキスをしよう


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