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まずい。非常にまずい。今、俺の可愛い後輩(恋人)というポジションが脅かされている。それも、どこの馬の骨かも分からない、名前も知らないやつに。


「あはは、かわいいなぁお前」
「名前さん、ほんとこういうの好きだな」


俺の目の前でしゃがみこんでる名前さんと太刀川さんだが、二人の視線の先には1匹の子猫がいる。その猫を撫でながら、名前さんは上機嫌に笑って見せた。名前も知らないやつ、とはこの子猫のことだ。名前さんがベンチでコーヒーを飲んでたら膝に乗ってきたからとりあえずそのまま連れて来た、とか言って。


「こういうのってなんだよ」
「俺に言わせようとするか?」
「そうだな」


依然、猫の顎あたりを撫で続けている名前さん。素直に撫でられながらごろごろと喉を鳴らすこの猫、子猫ながら処世術を心得ているらしい。もしくはイケメン好きか。名前さんが俺を見上げ、手招きをする。猫アレルギーだとか適当に誤魔化せば良かったけど、思考より先に体が動いてしまうものだから仕方ない。名前さんは子猫を俺に見せるように抱き上げる。


「なんか出水に似てるだろ」
「へ?」
「クリーム色だし、目とかそっくり」
「結局自分で言ったし…首輪付けてるってことは誰かの飼い猫か?」
「多分。ドアの隙間とかから出てきちゃったんだろうな」


じゃあ俺はちょっくら飼い主探してくるわ、と言って部屋から出て行った太刀川さん。早急に飼い主を見つけて来てください。相変わらず名前さんは子猫を撫で回している。猫も猫で、確実に自ら擦り寄って行っているから見逃せない。


「出水は見た目は猫っぽいけど、愛情表現がわんこだよね」
「わんこ?」
「たまに耳と尻尾が見える」
「えー…そんなに緑川みたいなの俺」
「あはは、確かに同じ種類だわ」
「……なんか嫌だなぁ」
「俺が可愛いと思ってんだから、それでいいんだよ」
「名前さんって猫派?犬派?」
「あー、どっちかというと猫派」
「なんで!」


さらりと答える名前さん。この話の流れでなんでそうなるんだ。子猫は名前さんの指をぺろぺろと舐めている。このやろう。つい声を荒げると、一瞬で意図をくみ取ったのか、名前さんは俺の目を見てにたりと笑う。


「一見ツンとしてお高くとまってそうに見えるけど、実は懐っこくて尻尾振ってくっついてくるとこが可愛いんだよ、お前は」
「………名前さんにだけだし」
「ていうかお前は人間だろ」
「あ、そうだった」


そうして、名前さんに撫でられる子猫を俺が黙って見ているうちに、太刀川さんが一人の女の人を連れて戻ってきた。


「公平!勝手に逃げ出しちゃダメでしょう?」
「「は?」」
「っぷくくく」
「すみません、助かりました…!」
「え、あ、猫の名前?」


彼女はボーダーの事務員らしく、昨日から飼い猫の元気が無くて心配だったため職場に連れてきていたらしい。子猫を抱き上げ、ホッとしたように笑う彼女を見ているとこちらまで安心する。いや、それよりも。公平、そう言いながら現れたから何事かと思った。どうやら猫の名前が俺と同じ公平のようで、俺と名前さんの反応に太刀川さんが腹を抱えて笑っている。


「でも見つけたのが名前さんで良かったな。ネチネチ文句言ってくる人とかいるぞ、きっと」
「あー、誰とは言わないけどな」
「本当にありがとうございます…!」
「いいよ、公平かわいかったし」


ぺこりと頭を下げて退室する女性に「ばいばい公平」と手を振る名前さん。俺のことじゃないのは分かってるけど、どきっとするのはもうどうしようもない。だって名前さん、俺のことは滅多に、というかほとんど名前で呼ぼうとしないから。


「可愛かったな」
「名前さんって好きな子苛めてたタイプだろ」
「あ?過去の俺に好きな子がいたかどうかってところから始まるんだけど」
「うわぁ」
「おい、なんでお前が引くんだよ。出水、帰ろ」


・・・


しかしあの猫、可愛かったな。しかも子猫。そんなの可愛いに決まってるだろ。


「猫飼いたいなぁ」
「…名前さん、猫のことばっかり」
「お前もしかして、」
「………にゃー」


隣でクッションを抱えながら、あからさまに不機嫌そうな顔をする出水。もしかして猫に妬いてんの、そんな質問を最後まで言い切ることはできなかったが、わかりやすい答えが返って来た。にゃー、って。固まる俺に、自分の言葉が恥ずかしくなったのか耳を赤くしてクッションに顔を埋める出水。黙ってその頭に手を伸ばしてくしゃりと撫でれば、クッションに隠れつつ俺を見る。


「出水」
「おれ、今すげえ恥ずかしいんすよ」
「もっかいにゃーって言って」
「なんでだよ、やだ」
「ねえ」
「……にゃあ」
「かわいい」


出水が抱きしめているクッションを静かに取り上げてソファから下ろす。そのついでに付けっ放しにしていたテレビをリモコンで消した。猫に妬くか、可愛いな。出水はまだなにか言いたいことでもあるような顔をしているので、先を促す。


「猫ばっかり撫でるし」
「うん」
「猫ばっかり、名前で呼ぶし」
「うん」
「だからむかつく」
「言いたいことはそれだけ?」


こくりと頷き、黙って俺の言葉の続きを待っているようだった。この可愛い生き物はなんなんだ。つまり、俺のことも撫でて名前を呼べと。そのまま手を伸ばして出水の頬を撫でると、出水は気持ち良いのか、または俺に触られるのが嬉しいのか、そっと目を細める。猫みたい。それが口に出ていたらしく、出水はいたずらを思い付いた子供のようににたりと笑った。


「にゃあ」


したり顔でひと鳴きした出水。こいつ、本当に17歳か。こんな切り返し、どこで覚えてきたんだか。上手い具合に煽られている気しかしない。


「ノリノリじゃん」
「だって」
「分かってるって。もう猫が飼いたいとか言わないよ」
「…ゆるす」
「俺の公平が一番だから」


そう言いながら、出水の両頬を手で包みながら触れるだけのキスをした。顔を赤くした出水は、それを隠すように俺の首に腕を回してぎゅうと抱きついて来るから、そのまま頭をぽんぽんと撫でる。人様のペットより、俺の恋人の方が何万倍も可愛い。そんなことを実感しながら、俺は腕の力を強めた。


150825
動物かわいいです…


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