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「出水」
「……ん、名前、さん?」
「朝ごはん、できたって」
「…お、はようございます」


名前さんの声で目が覚める。そうだ、ここは家じゃないんだった。顔を洗ってから、さえこさんの朝食をご馳走になる。白米に焼きジャケといった純和食の朝食を食べるのは凄く久しぶりだ。


「ほんとに煙草やめたのね」
「今のところはな」
「名前さんっていつから煙草吸い始めたんですか?」
「………んーと」
「濁すって、つまりそういうことね」
「あー」
「お父さんの影響だろうけど」


さえこさんはテレビの横から写真立てを持ってきた。それは恐らく家族写真で、なんとも顔面偏差値が高い四人が写っている。


「これがお父さんで、前のが名前」
「名前さんってお父さん似なんですね」
「そうだな、どっちかと言えば」
「中学生の頃?」
「うん」


今よりもさっぱりとした髪の毛と、幼い顔つきの名前さんが無表情で写っている。か、かわいい。その言葉はなんとか飲み込み、代わりに出汁の効いた味噌汁を喉に通す。朝食を食べ終え、さえこさんが昔の名前さんのアルバムを俺に見せてくれた。小学生、中学生の名前さんに対して素直に可愛いと言えば、「なんでも器用にこなすから全然可愛くなかったのよ」と返ってくる。


「やめろよ、こんなの俺が恥辱を与えられてるだけだろ」
「でも名前さん、可愛い顔してる」
「うるせー」


横から伸びてきた名前さんの手で、アルバムはぱたりと閉じられた。立ち上がった名前さんは「出かけるよ」と言って外套を俺に渡す。「帰りに卵買ってきて」「りょーかい」というさえこさんとの会話を聞きながら、行き先も尋ねずに名前さんの後を追うように家を出た。


「さむいなぁ、出水」
「この季節ですからね」
「ん」


肌寒く、人通りの少ない道を名前さんと歩く。差し出された左手に指を絡めると、名前さんの体温を直に感じる。名前さんの手はいつも温かい。


「手が温かい人って、心が冷たいって言いますよね」
「それ色んな人に言われるけど、俺ってそんなに心が冷たそうに見える?」
「…………いや、」
「なんだよその間は」
「名前さん、俺には冷たくないよ」
「お前にはな、そりゃあ」
「うん」
「ほら、着いた」


名前さんの手を見つめていた顔を上げる。


「海?」
「そう、海」


そこには砂浜と、空の色を映し出した海が広がっていた。寒さで全く意識していなかったが、海から吹いてくる風が少しだけ潮の匂いがする。名前さんに手を引かれるままに、歩いてきた歩道と砂浜の間のガードレールを跨いでさらさらとした白い砂を踏みしめる。


「三門に砂浜ってないだろ?だから新鮮かと思ってさ」
「…はい、すごく」
「冬の海って、人がいないから静かで白んで見えるから好きなんだよ」
「俺初めてです、冬の海」
「出水に見せてやれて良かったよ」


少しだけ俺の手を握る力が強くなった。その反応と言葉に「え、これから死ぬみたいなこと言わないでください」と焦ると、吹き出した名前さんは「勝手に殺すなよ」と笑った。でも、さっきの、俗に言う死亡フラグっぽい。名前さんは隣から正面に移動して、俺の頬を両手でそっと包んだ。やっぱり手は温かい。


「俺は死なないよ」
「うん」
「だから心配しないで」
「絶対に、また連れてきてください」
「任せろ」


夏の海も、春の海も、秋の海も、全部見せてやる。そう言って、名前さんは俺の唇にキスを落として笑う。名前さんの後ろに見える海は、冬晴れの空を全体に映して、ひどく澄んだ青色を揺らしていた。


「卵買って戻らないとな」
「そうですね」
「夕方にでも帰るか、三門に」



150817


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