zzz | ナノ




「…そんな見んなよ」
「やだ」
「……べつにいいけど」
「うん」


まっすぐと伸びる道を車が走る。助手席に座る恋人は、窓から見える景色(といっても面白いものはなく、街路樹と多少の雪くらいだが)には全く興味がないようで、ハンドルを切る俺をずっと見つめている。


「なに、そんな珍しいの」
「運転してる名前さんかっこいい」
「そこかよ」
「ていうかいいんですか?せっかくの帰省でしょ?」
「いいよ、母さんにも伝えてるし」


この車は俺の実家に向かっている。すでに母には知らせているし、どうせ帰っても暇だから、休みが重なった出水を連れて来た。三門市から少し離れているため、電車か車での移動が必要になる。せっかくだからと、ドライブ気分でレンタカーを借りた訳だ。


「名前さん、免許持ってたんですね」
「18の時に取ったよ」
「彼女を乗せたことある?」
「ある」
「………」
「って言ったら妬くだろ?ないよ。嘘じゃなくて、お前が初めて」
「名前さんのばか!好き!」


嵐山隊が今まで共演した歌手やアイドルの謎セレクションCDを流しながら、主に太刀川がどうしただのという(俺たちにとっては)たわいもない会話をしているとあっという間に目的地に着いた。実家といっても幼少期に過ごした家という訳でもなく、元々は祖父祖母の家であった。そこに数年前に母さんが三門市から越してきたから、母の実家と言った方が正しい。駐車場に車を停め、荷物を持って玄関に向かうと、久しぶりに見た彼女が仁王立ちで立っていた。


「ただい、」
「名前、あんた帰ってくるのいつぶりだと思ってんの?」
「え、いや、仕事も学校も忙しくてなかなかタイミングが…」
「無理にでも顔くらい見せに来なさい、そのくらいできるでしょ?」
「……そんな無茶な」
「なにか言った?」
「なにも」


眉を寄せつつ下から上目遣い、というよりも息子相手にガンを飛ばしてくる母から目をそらす。こういうとこ、姉さんって母さん似なんだな。すると彼女は、俺の後ろに立っている出水に気が付いたのか、ぱあっと明るい表情になり家の中へ通した。


「出水、俺の母さんのさえこ」
「名前さんの後輩の出水公平です、お若いっすね…!」
「そうでしょ、知ってるわ」
「俺と血が繋がってる感じするだろ」
「超します」
「この子が名前の可愛子ちゃんなのね」
「「え?」」
「あら、ハッピーアイスクリーム」


それ、古いよ。そんなツッコミをする余裕もない程度には、今さっきの言葉に俺と出水は頭をかき回されていたようだった。そんな俺たちの様子を察したのか、母さんは笑顔で口を開いた。


「そんなのすぐ分かるわよ」
「なにが」
「あんたの出水くんを見る目?これはお姉ちゃんも言ってたわよ」
「はぁ?俺?」
「ていうかあんた、今まで家に恋人なんか一度も連れて来なかったじゃない。どういう心境の変化なわけよ?」
「俺にも色々あんだよ」
「歴代の彼女ちゃんも苦労したのね」
「それだから、俺のことぶん殴って別れ切り出すんだろ」
「ぷっ」
「笑うなよ」


だって別れ話の前に殴られるって、とけらけら笑う出水。母さんも母さんで「そんな振られ方をしてもケロっとしてるのよ、酷い男でしょ」と自分の息子の株を下げるようなことを言うのはやめてほしい。終いには俺と出水の荷物を客間に置いて来いだの、布団の準備がどうだの、到着早々人使いが荒い。この場に姉さんがいなくて良かったと心から思った。


・・・


「あの、良いんですか?」
「なんのこと?」
「俺が付いて来ちゃったことも、名前さんの、隣にいることも?」
「そんなこと気にしてるの」
「え、いや、まぁ…」
「あの名前が私に“後輩だけど、会わせておきたい奴がいる”って言ったのよ。台風でも来るかと思った」
「あは、そんなにっすか」
「あの子、顔はいいじゃない?だから恋人とかに困ったことがなくて。本人は別に必要とも思ってなかったみたいだけど」
「あぁ」
「君がどんな子か会ってみたかったし、私もお姉ちゃんも歓迎してるわよ。名前が初めて自分で望んだ相手なんだから、私はそれだけでいいの」
「…はい」


名前さんが荷物を持ってリビングを出て行き、さえこさんと二人きりになった。その隙を見計らって気になったことを聞いてみれば、彼女は目を細めて答えてくれた。顔のパーツはそれ程まで似ていないが、笑い方だとか口調だとかが名前さんのお母さんなんだと実感させる。


「あいつに暴力振るわれたらすぐに言うのよ?」
「いえ、名前さんは優しいですよ」
「そういう男は化けるわ」
「おい、なんで俺がDV男みたいな流れになってんだよ!」
「予備軍よ、違うの?」
「違うわ!」
「お姉ちゃんがさっきケーキ持って来たんだけど、食べる?」
「食べる」
「出水くん、甘党男とかどうなの?」
「可愛いんじゃないですか?」
「あー、出水くん悪い男に騙されそうなタイプね。男は黙ってハンバーグって答えた方が、母性本能もくすぐるし作ってあげたいって気持ちにさせるわ」


二人でケーキを頂いてる間にも、さえこさんによる名前さんの面白おかしいネガティブキャンペーンは続いた。そして夕食はハンバーグで、完璧な伏線回収をこの目で見た。しかも本当に美味しくて、料理上手なお母さんがいることが分かり、名前さんの料理の腕が多少アレだということにも納得する。


「お先にお風呂頂きました」
「そんなお礼なんていいのよ。ほら、名前も入っちゃって」
「うん」
「ていうかあんた、煙草やめた?」
「やめた」
「私とお姉ちゃんがいくら言ってもやめなかったくせに」
「細かいなぁ」


やめてるんだからいいだろ別に、と浴室へ行ってしまった名前さん。さえこさんはにやにやと笑いながら俺に視線を移した。あぁ、バレてらっしゃっる。


「出水くんのおかげでしょ」
「おかげかどうかは分からないっすけど、きっかけは俺ですね」
「脅したの?」
「おど…普通に体の心配をして」
「ほんとに愛されてるわね」


150813




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -