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「出水!ちょっと来い!」
「はい?」


ばたばたと慌ただしく隊室に入ってきた太刀川さん。なんだなんだ、緊急招集か?とりあえず太刀川さんの後について、小走りでラウンジに行くと、予想もしなかった光景が飛び込んできた。


「え、名前さん…?」
「お前あれどうにかしろ」
「いや、あの、え?どういう状況?」


そこには迅さんと名前さんがいる。それも自販機に押しつけるように、あの名前さんが、迅さんの胸ぐらを掴んでいる。名前さんの顔は見えないが、迅さんは困ったように眉を下げて笑っている。太刀川さんによると、迅さんが本部に黒トリガーを渡した話をして、こうなったらしい。


「名前さんって意外と頑固でさぁ」
「これはそういうレベルのアレじゃないでしょ…」
「俺が止めようとしてもうるせえって言われるんだよな」


だから。いやいやいや、俺でも名前さんのキレてるとことか見たことないからね。あの人、結構温厚で感情の起伏がないタイプだから。怒ることもないし、どっちかというとよく呆れてる人だから。


「うちも名前さんもこれから任務ないし、そのまま連れて帰っていいから」
「連れて帰るって」
「俺には無理だからなぁ」
「…いや、俺でも初めて見ますよこんな名前さん」
「でもこの名前さんが気を緩めるの、お前くらいだろ」


そう言われると、どうにかしないとと思い(太刀川さんに物理的に背中を押されて)二人に近寄れば、名前さんの盛大な舌打ちにびくりと肩が震えた。俺に気付いた迅さんが、名前さんの肩を叩きながら俺を指差す。ちらりと俺に視線を寄越した名前さん(うわ、瞳孔開いてる)は、迅さんに「俺はお前のそういうとこ、嫌いだよ」と低い声で言って手を離した。それを戸惑いながら見つめていると、名前さんはゆっくりとこちらを向いた。…あ、いつもの名前さんだ。


「………名前さん?」
「出水」
「うわ、」


力が抜けたように、俺をぎゅうと抱きしめてくる名前さん。そのまま首筋に顔を埋める。はぁー、という深いため息が聞こえた。


「名前さん、帰ろ?」
「……うん」


名前さんは力無く頷いた。太刀川さんと迅さんを見ると、太刀川さんはどこかホッとしたような顔だが、迅さんは申し訳なさそうに口パクで何かを言った。多分、ごめんって言ったと思う。何に対してのごめんなんだろうか。


・・・


名前さんの家に帰ってきても、名前さんはラグの上で俺を後ろから抱きしめたまま額を肩口に埋めている。大人しく抱きしめられながらお腹に回る左手を撫でると、名前さんはぽつりぽつりと口を開いた。


「……悠一が黒トリガーを本部に渡したって聞いてさ」
「…はい」
「……あのトリガーって、あいつのお師匠さんなんだよ」


それなら聞いたことがあった。黙って続きを待っていると、ごそりと名前さんが右手をジャケットのポケットに入れたのが分かった。いつも名前さんは、トリガーをそこに入れている。


「お前に言ったことなかったな、そういえば」
「黒トリガーのこと、ですか」
「これ、俺の父さんなんだよな」


俺の肩に顎を置いて、トリガーを俺に見せるように前に出す。黒いフォルムに青い光のラインが入ったそれは、普段名前さんが使って戦っているそれだった。名前さんの黒トリガー。それが誰なのか、ずっと聞きたくても聞いてはいけないことのように感じていた。名前さんは大切なものを触るような手付きでトリガーに触れる。迅さんの「ごめん」の意味が分かった気がした。


「これは俺にしか起動できないんだけどさ、風刃はそうじゃない」
「あぁ、適合者が複数いるっていう」
「そうそう。でもさ、師匠ってさ…出水にとっての俺なわけじゃん」
「……はい」
「簡単に渡せる?」
「………俺は、無理です」


そう言えば、名前さんは「よかった」と心底安心したように再び俺を抱き締めた。


「悠一が考えて、最善を選んだ結果だってのは、分かってるんだよ」
「…はい」
「でも、つい、カッとなった」
「名前さんがあんなに怒ってるの、初めて見た」
「こわかった?」
「うん、いつもの名前さんではなかったし、瞳孔開いてた」
「ごめん」
「あと、声も低かった」
「…ごめん」


頼りない声色で、申し訳なさそうに謝る名前さん。別に謝るようなことじゃないし、そんな名前さんを見れて良かったと伝える。今になって思えば、あの名前さんに内心興奮した自分もいた。クラスの女子が、彼氏に叱られたいだとか怒られたいだとか言ってるのを聞いたことがある。その時は何を言ってんだこいつらと思ったが、こういうことだったのかもしれない。


「名前さんって、俺に怒ったりしないから」
「それはお前が俺を怒らせないから」
「じゃあ俺がなにしたら怒る?あ、浮気したら怒る?」
「……やめて、想像したくない」
「ごめん、名前さん以外なんてありえないから」


ほんと、頼むよ。そう力無く言う名前さんに笑みがこぼれる。壁に掛かる時計を見ればもう夕方だった。


「名前さん、ご飯食べます?」
「もう少し、このままでいさせて」


返事をすることはせず、トリガーを手にしたまま俺のお腹に回る名前さんの両手に、そっと手を重ねた。


・・・



「あーやだやだやだー!」
「ちょっと!子供ですか!?」


本部入り口で、やだやだと頑なに足を動かさない名前さん。


「行きますよ、名前さん」
「帰ろ、出水」
「帰りません!」
「だって俺、昨日なんて言ったか自分で覚えてないくらいだぞ?大丈夫か?」
「……いや、大丈夫かどうかは分かりませんけど」
「だよな」
「お、名前さん!」
「ヒッ!」


面白いくらいにビクッとした名前さんだが、彼が何に対して愚図っているかって、迅さんに会いたくない、とのこと。家を出る前、迅さんと仲直りしましょーねーなんて話していたんだけど、本部まで来て怖気付いたらしい。名前さんを呼んだのは、迅さん、ではなく太刀川さんだった。


「なにやってんだ?中入れば?」
「入りたくないらしいっすよ」
「は?なんで?」
「昨日、迅さんにブチ切れたから」
「……ブチ切れたって言うのやめて」
「でもあれはブチ切れてたよ、名前さん。俺にうるせえお前は黙ってろクズ!って言ってたよ」
「え」
「いやいや流石に嘘ですからね名前さん!どんだけ自分の発言に自信がないんですか!」


あわあわと混乱してるであろう名前さんの背中を落ち着かせるように撫でる。普段感情の起伏がないだけあって、昨日みたいにスイッチが入った後の反動がでかいのだろうか。すると突然、本部の入り口が開いた。


「あのー、まだ?」


そこには気まずそうに口を開く迅さんがいた。もう少しスムーズに行くはずだったんだけど、ということは。迅さんには名前さんが愚図る未来が視えてたのか。「ほら、名前さん」と太刀川さんと一緒に背中を押す。そうして一歩前に出た名前さんは、意を決したように迅さんの名前を口にした。


「……悠一」
「いいよ、名前さん」
「…は?」
「俺、ああなるって分かってて名前さんに言ったんだもん」
「視えてたの?」
「うん。名前さんに、なにする気だって言われた時に全部言いたかったんだけど」
「最善じゃ、なくなるって?」
「そう」


名前さんは深く溜息を吐いた。二人の様子を、太刀川さんと見つめる。


「…俺も分かってるよ、お前が色んなこと考えて行動してることくらい」
「うん」
「結局俺はどのタイミングであっても怒ったと思うし」
「…それも視えてた」
「でも最後は、悠一が決めたことだから、俺はお前をいくらでもフォローするし、助けようと思ってる」
「うん、全部知ってる。俺の好きな名前さんってそういう人だもん」
「はは、あっそ」
「名前さんに伝えるのを最後にしたのも、今なら大丈夫だと思ったから」
「どういうこと」
「そりゃ、出水がいるからでしょ」
「へっ?」


突然名前を呼ばれて変な声が出た。俺が目をぱちくりとさせていると、名前さんは「そうだな」と言って笑った。


「太刀川さんが出水を呼びに行ってくれなかったら、今頃俺の頬は真っ赤だったかもしれないし」
「………流石に手は出さない、とは、思うんだけど」
「んー、どうだったかな?」
「むかつく」


なんか腹減ったから食堂行こうよ、名前さんの奢りで!と言い出す迅さんに、太刀川さんも乗っかる。その様子にすんなりと折れた名前さんは溜息交じりに頷いた。


「出水、行くぞ」
「え、俺もいいの?」
「当たり前だろ」
「やった」
「…出水、昨日は一緒にいてくれてありがとう」
「それこそ、当たり前じゃないすか」


俺の手を取り前を歩き出す名前さんが、ふわりと笑ったのが分かった。



150716
込み入るなぁと思って触れずに行こうと思ってたんですけど、たくさんの方がこのシリーズを読んでくださってるようなので…ちゃんとS級設定回収しました!前の話と、ところどころ台詞が掛かっていたりも。


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