zzz | ナノ




俺にとってなかなか笑い事じゃ済まされない事態になってきた。ふとした時に自分でも気が付くレベルでイライラしている。俺がこれはいけない、と自覚した時に隊員全体でイレギュラー門の原因らしいラッドというトリオン兵の一斉駆除が行われた。文字通りの片っ端からの駆除。その結果、すんなりとイレギュラー門の騒動は収まったらしい。某エリートの暗躍の賜物だろうか。手伝って、だなんて言ってたけど特に俺がなにをしたわけでもない。とりあえず今は、このイライラと口寂しさをどうにか……


「……………」


・・・


「うわあ」
「お、悠一」
「名前さん、とうとう吸ったね」
「うん、すっきり」
「あーあ、俺知らないからね」


懐かしい箱の感触を確かめながら、喫煙室から出たところで悠一に会った。この未来はサイドエフェクトで見えてなかったのか。イライラと口寂しさ、といったら煙草だろう。でも1本で我慢したんだぞ、一応。我慢が足りなかったねぇ、と口角を上げた悠一は、すぐに真剣な顔に戻った。眠そうな眼は相変わらずだが。


「この前言ってた手伝い、お願いしたいんだけど」
「イレギュラー門騒動は収まったろ」
「その件といえば、その件なんだ」
「まぁいいけど。この前、手伝うって言ったからな」


流石名前さん、煽てるように言う悠一は場所を変えて話がしたいと言う。以前俺の待機場所として貰った部屋へ移動した。名前さんの隔離部屋、そう言う悠一に「追い出すぞ」といえばヘラヘラと謝りながら両手を上げた。


「名前さんって、城戸派だっけ?」
「別に。城戸さんにお世話になってるけど、そういうわけじゃない」
「名前さんってほんと不思議な立ち位置だよね」
「うーん、基本的に俺は一番最初の命令に従うよ」
「なら、俺の命令に従って欲しい」
「それが手伝うってことになるなら」
「じゃあ明日の夜、訓練室でトリオン切れにしといて」


つい「は?」と声が出た。全く、その先になにが繋がっていくのか想像できない。それが見えてしまう悠一のサイドエフェクトは、俺にとっても、彼にとっても、本当に面倒くさい。未来を見たであろう悠一が言うそれは、きっと“最善”ってやつなんだろう。特になにも言わず俺が頷けば、悠一は笑顔でもう少し詳しく時間が分かったら連絡すると言う。


「同じS級のよしみでさ、頼むよ」
「…まぁ、約束だからな」
「ありがとう、じゃあ俺はそろそろ行くよ」
「………ちょっと待った」
「ん?」
「お前、なにする気だ」


先ほどから微かに感じていた違和感。それが明確になったため、悠一を引き止めた。こいつは今まで俺に対して「S級同士」とかそんな括り、表現をしたことがなかった。それでもへらりと笑って、悪いようにはならないから、とあくまで答えない気らしい。なら俺も深追いはしない。


「……わかった」
「うん、俺、名前さんのそういうとこ好きだよ」


・・・


次の日、悠一に言われた通りのタイミングできっちりとトリオンを使い切ってきた。あくまでも一応S級をやっているわけだし、平均以上のトリオン量はある。というか多い方だ。トリオン切れという状態になるまで結構掛かった。まぁそれはいい。その後、1本だけと喫煙室で煙草を吸っていれば司令室に呼び出された。わざわざ館内放送で、だ。仕方なく半分も吸っていない煙草を灰皿に押し付け、司令室へ向かう。


「失礼しまー……す?」


相変わらずこの部屋は暗いな。その部屋の中で、ボーダーの上層部の大人たちがなにやら怖い顔をしている。俺なにかしたっけ。あ、禁煙。いやいやそんなんで呼び出さないだろ、学生でもあるまいし。じゃあなんだ、この空気は。仕方なく俺が何かを言おうとすれば、それに被せるように城戸さんが口を開いた。なんでだ。


「お前に任務だ」
「え、無理だよ城戸さん」
「は?」


今の「は?」は忍田さんだ。となりの林藤さんは既ににやにやしている。なんだろうこの空気は。そう思いつつ、トリオン切れだとありのままを伝える。


「………名前」
「なに?………いっで!!!」


城戸さんに手招きされたから素直に近寄ったら、力の限りのげんこつを食らった。なんでだ!痛む頭を押さえつつ涙目でそう訴えれば、げらげらと笑う林藤さんが説明をしてくれる。今日帰還したばっかりの遠征チームに、玉狛支部の黒トリガー奪取の命令が下されたらしい。それに俺も加勢しろ、って話の流れだったのか。


「あっはっは、お前に加勢されたら分が悪すぎるからよかったよ」
「………って、遠征チーム帰って来てんの?」
「あぁ、帰って来てる」


城戸さんは俺を見ながらすごく溜め息を吐きたそうだった。それをなんとか飲み込んだらしく、もう下がっていいと言うからお言葉に甘えて薄暗い部屋から出た。そうか、悠一は俺をこの戦いに参加させたくなかったのか。本部から外へ出ると、一筋の光が本部に向かって飛んで来ていた。誰かが緊急脱出したらしい。あ、2人目。ということは、飛んで来た方向へ向かえばなんとかなりそうだ。警戒区域を早足で歩く。生身だから仕方ない。このタイミングでトリオン兵が出てきたら死ぬだろうな、俺。


・・・


警戒区域の開けた公園。太刀川さんと風間さんが緊急脱出し、任務も終了になった。三輪はどこかへ行ってしまったが、その場に残っている嵐山隊3人と俺。現地解散でいいのか、これは。佐鳥と木虎は、本部と連絡を取っている嵐山さん待ちのようだ。ていうか、名前さんに会いに行きたいんだけど。そう思っていると「いずみー」という聞き覚えのある声が聞こえてきたような気がした。会いたすぎて幻聴が聞こえてきてるらしい。


「出水ー!お前なんで無視すんだよ!」
「名前さん!?」
「おう」


バッと音がするくらいのスピードで、公園の入り口を見やれば、遠征前と変わらない姿で名前さんが手を振っていた。名前さんだ。こちらに歩いてくる名前さんに換装を解いて飛びつけば、少しよろけながらも俺を受け止めてくれる。


「出水、おかえり」
「ただいま、名前さん」


ぎゅうと抱き付いて肩に顔を埋めると、名前さんの久しぶりの匂いに安心する。微かに鼻腔をくすぐる煙草の匂いに、…煙草の匂い?


「名前さん、煙草吸ったでしょ」
「やっぱり分かるか」
「これくらい分かりますよ」
「色々と我慢できなかったんだよ」


お前がいないから、そう言いながら俺の前髪を上げておでこにキスを落とす。一瞬のそれが、愛おしく、少しだけ寂しい。そんな俺の顔を見て察したのであろう名前さんが「帰ったらな」と楽しそうに笑った。


「名前さんじゃないか!」
「おー、嵐山。お疲れさま」
「名前さんにも見てほしかったなぁ、俺のツインスナイプ!」
「あはは、また今度な。佐鳥もお疲れ」
「あっ、名前さん…!今日はオフですか…?」
「藍ちゃんもお疲れさま。ちょっと悠一に頼みごとされてさ」
「そうなんですか…!」
「トリオン切れにしとけって言われてるんだけど、それで任務無理ですって言ったら城戸さんにげんこつされたの」


笑いながら頭を掻く名前さん。城戸さんにげんこつされたって、なにそれ絵面がすごく面白い。っていうか、ん?


「木虎、お前、名前さんも…」
「はっ!?い、出水先輩ほんとデリカシーないですね!」
「…京介も名前さんも、顔がいいから」
「ち、違いますッ!名前さんはただの憧れですから!」
「あはは、憧れとか嬉しいな」
「京介はやるけど、名前さんはやれないからな!」
「きょ、!?なななんで烏丸先輩が出てくるんですか!ていうか名前さんは出水先輩のじゃないでしょ!?」


俺のだよ!なんてことは、まぁ言えないんだけど。っていうか名前さん、藍ちゃんって呼んでたのかよ。くそ、かわいいな。


「残念だな木虎、名前さんは出水のだ」
「嵐山お前さぁ…」
「え、えっ!?」
「なにか間違ったことを言ったか?」
「……もういい、お前はずっと変わらずにいてくれ」


帰るぞ、と言われたので一応嵐山隊に会釈をしてから名前さんを追いかける。名前さんは嵐山隊に背中を向けつつ、ひらひらと手を振っている。こういう仕草が様になるから、この人はかっこいいんだ。公園を出て、並んで警戒区域を歩く。


「寂しかった?」
「それ聞く?」
「うん、俺は寂しかったですもん」
「………寂しかったよ」


本当ですか。その言葉は、まだ続きがあった名前さんの言葉に被さって消えた。イライラするし、口寂しくて煙草を吸いたくなるし、出水を夢にまで見るし。え、なに、夢ってなに。


「夢って、名前さん」
「うるせー、洸太郎にも散々笑われたんだよこっちは」
「名前さん、俺のこと大好きじゃないすか…」
「逆に、知らなかったの?」


眉間にしわを寄せながら、俺の右手を取り指を絡められる。そのまま、歩きにくくなること覚悟で名前さんにぴたりとくっつくが、名前さんは文句も言わず少しだけ手の力を強くしただけだった。


「俺んち向かってる?」
「うん、送ってく」
「黙って帰していいの?」
「………誰に吹き込まれた?」
「太刀川さんと当真さん」
「……帰すよ、まずは家族だろ」
「俺、名前さんのそういうとこすげー好き」
「そりゃどうも」


名前さんといる時、時間の流れがすごく早い。相対性理論がどうのとか、基礎代謝がどうのとかいう理由があるらしいけど俺には理解できないし、するつもりもないんだけど。家の前に着いて、繋いでいた手を離し、ふと俺の肩や腕をぺたぺたと触る名前さん。


「怪我してない?」
「うん、大丈夫です」
「よかった」
「流石名前さんの弟子ってところじゃな、い、…んっ」


名前さんがホッとしたように笑みを浮かべたのも束の間、触れるだけのキスを二回。そして俺の上唇に歯を触れさせる。開けて、ということらしく、素直に唇に隙間を開けると名前さんの舌が入ってくる。俺の舌を捕まえて好き勝手に絡められる名前さんの舌から体温を感じて、心のどこかでホッとした。基本的にされるがままだが、あまり気にせず名前さんに委ねる。唇を離した名前さんは、親指で俺の口端に残る唾液を拭い、そのままぺろりと舐める。その扇情的な様子に目が点になった。


「名前さん、ほんっとずるい…!」
「え、なに、ん?」
「それ無意識でやってんの!?」
「な、なにが…」
「もういいですっ!」
「ご、ごめん…?」
「煙草、やめましょうね」
「………はい」
「……ていうか、俺をこのまま帰すとか、名前さんも相当悪い男っすよ」


俺が視線を外しながら言えば、気配で名前さんがふっと笑ったのが分かった。


「そうだな、俺は悪い男だよ」


名前さんのそういうところが、相変わらず、ずるいと思った。


150713
佐鳥もいますよ!あまり見ない形で原作に介入させたかったんです。藍ちゃんかわいい。


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