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「名前さん、ここは太刀川隊の隊室ですけど」
「出て行けって…?」
「違くて!あの部屋に居なくていいんですか?怒られません?」
「別に…分かんない…」
「分かんないんじゃないですか」


太刀川隊の隊室に俺と名前さんの二人きり。他のメンバーはまだ来ない。特に何かをするわけでもなく、椅子に座っている名前さんを見る。


「名前さん、そろそろ携帯っていうか、スマホ買いに行きましょうよ」
「必要ない気すらする」
「連絡手段がないからあの部屋にいろって言われるんすよ」
「…いや、まぁそうなんだけど、買いに行くのも面倒で」
「LINEとかもできますよ」
「LINEねぇ…うーん…」
「…俺、名前さんにおはようとか、おやすみとか言いたいです」
「……分かった、今日の任務が終わったら行こう」


うん、チョロい。最近というか、結構前から薄々気付いていたけど、名前さんは本当に俺に甘い。甘やかされているなぁとしみじみと感じるが、俺はそんな名前さんが好きだ、と思う。


「一人でいると、すごく煙草吸いたくなるんだよ」
「あぁ」
「洸太郎は笑いながらあの部屋に煙草投げ込んでくるし、蒼也はしれっとニコチンガムを投げ込んでくる」
「21歳組仲良しかよ」
「でも、出水といると吸いたくならないんだよな」


それって名前さんが俺の前で煙草を吸わなかったからじゃないですか、なんて。それを聞いた名前さんは眉を上げてきょとんとする。あ、その顔かわいい。


「気付いてたの」
「あぁ、俺は名前さんのことならよく見てますからね」
「あれも一つの愛情表現ってことで」
「大切にされてますね、俺」
「なにを今更」


名前さんはふわりと、そして得意げに笑う。意外と表情が豊かで、よく笑う名前さんだが、この種類の笑顔が最も多くの人、主に女性の目を奪うと思う。こんな顔されてしまえば、初対面でも彼が気になって仕方なくなる。


「名前さん、その顔、あまり他でしちゃだめっすよ」
「なに、そんなに変な顔してた?」
「ちがくて!かっこいいし、かわいいし、母性をくすぐりもするので、とにかくだめです!俺は男ですけど!」
「あはは、分かった分かった」


至極愉快そうに、名前さんは俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。もー!と口では言いつつも、俺が満更でもないということを知っているから名前さんは手を止めない。そんなことをしていると、がちゃりと音がした扉の向こうから、太刀川さんがゆっくりと顔を覗かせた。俺と名前の姿を視界に収めると、ひとつ頷いてから隊室に足を踏み入れる。


「いやぁ、名前さんと出水の声が聞こえるから、中でセックスでもしてたらどうしようかと思って」
「あ?」
「うわ…」


うちの隊長ってこんなんだったか。こんなんだったな。名前さんは呆れたようにため息を吐きながら「お前、成人男性の思考回路してないだろ」と言う。中学生のような発想の太刀川さんの言葉に、ふと先日の名前さんの家に泊まりに行った日のことを思い出す。


「今の会話で顔を赤くする出水も童貞くさいぞ、さすが俺の部下だな」
「っちが」
「はー、そう」


かわいい、全て分かったふうに名前さんが口パクで言うから、むしゃくしゃした気持ちを内に秘めながら心の中で頭を抱えた。


「あ、後で出水と携帯買いに行くから、定時に任務終わらせろよ」
「やっと買う気になったの?」
「うん」
「携帯壊した時の名前さんすげえ面白かったから、まだ鮮明に覚えてる」
「なんか言ってましたよね、確か」
「真っ二つになったガラケー持って、スマートになったわって言ってた」
「は?俺、そんなこと言ってたの?」
「真顔で言ってるのが面白くて面白くて、俺も二日酔いだったのにそれだけは忘れらんなかった」
「二人とも相当具合悪そうでしたよ」


名前さんは自分にげんなりとしたように額を押さえながら、まぁ任務頑張ってくれと隊室から出て行った。すれ違いざまに「…飲みすぎんのやめよ」という声が聞こえた。


・・・


「名前さん、何色にします?」
「出水はこれだっけ」
「はい、ブラックです」
「んー…ゴールドにしよ、出水の髪の色に似てるから」
「な、にそれ、名前さん、ずるい」
「じゃあお前のは俺の髪色ってことでいいじゃん」
「名前さん、隊服も黒ですよね」
「それはそっちもなー。手続きしてくるから座って待ってて」


店内に設置されたソファに座って名前さんを待つ。名前さんの色かあ。スマホを手のひらで弄びながら、改めて色というものを認識する。なにも考えずとりあえずこの色を選んでいてよかった。それから数分間、備え付けられているテレビで流れている夕方の情報番組を見ていれば、想像よりも早く名前さんがゴールドのそれを片手に戻ってきた。


「フィルムも貼ってもらった」
「自分で貼るより綺麗ですしね」
「うん、とりあえず帰るか」


スマホを弄りながら、名前さんの家まで歩く。途中でカメラの画質の良さに感動した名前さんがパシャパシャと夕日だとかポストだとかを撮っていた。楽しそうだった。野良猫の写真を撮りながら「この猫なんか太刀川に似てる、どことなく小汚くて」と言う名前さんは太刀川さんに恨みでもあるのかと思ったが、俺にはそれを否定することができなかった。ごめんなさい。マンションに着いてから、名前さんのスマホを操作してLINEに登録しておいた。


「これが噂の」
「そうです、結構便利っすよ」
「ふうん」


それから、明日は学校だからと俺を家まで送ってくれた名前さん。別に一人でも帰れるのに、名前さんと一緒に歩けることが嬉しいから絶対に言わないけど。それから母の作った夕食を食べ、風呂に入る。自室で明日の準備も済ませてそろそろ寝ようと思った時に、ピロリンという聞き覚えのある音がして、アプリの画面を開く。


「…名前さん」


おやすみ、出水。淡白な文書だが、俺がおはようとかおやすみが言いたいって言ったからわざわざ送ってくれたのだろう。うわ、俺ってほんと、愛されてる。おやすみなさい、その後に猫が寝ているスタンプを送る。“新しい友達”に追加された名前さんのアイコンが、夕日をバックにした俺の後ろ姿だということに気付いて顔が熱くなった。はぁ、すげーすき。


150507
太刀川さんとはちゃんと仲良しです


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