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「名前!!」
「うわっ」


名前を呼ぶ声に対して、私が反応する前に背後から回される腕。こんなことをしてくるのは彼しかいないわけだから私は慣れているけど、今まで立ち話をしていた三雲くんが心底驚いた顔をしている。


「准」
「会いたかったぞ、名前!」
「分かった分かった、私も准に会いたかったよ」
「そうか!三雲くんも元気そうでなによりだ!」
「……ごめんね、三雲くん。びっくりしたでしょ?」
「いえ、そんなことは…あの、お二人はそういうご関係だったんですか?」


ずれ落ちた眼鏡を掛け直しながら、三雲くんは困り顔で尋ねてくる。その間もすりすりと頬擦りをしてくる准に、余計戸惑いを隠せなくなっているようだった。


「そうだよ、そういう関係」
「あぁ、なるほど…どうりで既視感を覚える訳ですね…」
「三雲くんも会ったことあるんだね」
「はい、イレギュラー門の一件で」


イレギュラー門の一件、つまり学校に現れた近界民を三雲くんが倒したあの一件だ。そういえば同じ学校だったっけ。三雲くんが言う既視感、とは嵐山家の双子の副くんと佐補ちゃんのことだろう。何を言いたいかって、准の最上級の愛情表現は常に全力というか。言い方を変えるとすれば、ワンパターンなのだ。


「じゃあ僕はもう行きますね」
「うん、頑張ってね」


用事があったのか、はたまた空気を読もうとしてくれたのか。三雲くんのことだから、多分後者だと思う。でも二人きりになったからって、何かがかわるわけでも、なかったりするんだよね。相変わらずぎゅうぎゅうと私を抱きしめる彼の腕に、そっと手を重ねるのだった。


・・・


本日の講義も終わり、いつものように本部に足を運ぶ。休憩がてらラウンジで缶コーヒーを片手に携帯を確認すれば、佐補ちゃんからメールが来ていた。「名前ちゃんを困らせちゃうかも、ごめんね(´・ω・`)」…って、なんのことだろう。なにか困ったことでもあったのかな。


「名前さん、やっと見つけた!」
「あれ、佐鳥くんに木虎ちゃん」
「今日は嵐山さんに会ってませんよね?」
「え、うん。准がどうかした?」
「それが」


佐鳥くんは視線を彷徨わせ、言葉を探しているみたいだ。それに痺れを切らした木虎ちゃんが「とりあえず来てください!」と私の手を引いて歩き出す。なに、どうしたの!?戸惑う私を他所に、木虎ちゃんの足は嵐山隊隊室の前で止められた。音を立てないように開けられた扉から促されるまま中を見渡せば、見慣れた赤い服に身を包んだ彼が、同じく赤い服を見にまとう後輩に肩をポンポンと叩かれながら声を掛けられている。あれ、励まされている?ふわふわとした羽根のような髪の毛は心なしかしょんぼりと下を向いているようにも見える。


「大丈夫ですよ、嵐山さん」
「だが…」
「きっと分かってくれますよ」


これは一体全体どういう状況なのか、説明を求めようと木虎ちゃんに視線を向けるが、彼女はこくりと頷くだけ。あとはお願いします、ということらしい。なにがなんだか分からないが、あの嵐山准が目に見えて“落ち込んでいる”ということは分かった。


「准?」
「名前さん、後はお願いします」
「分かんないけど、分かったよ」


時枝くんは丁寧に会釈をしてから退室した。私の声に素早く反応した准が、顔をパアッと輝かせたと思えば一瞬でしゅんとした表情になる。散歩かと思ったら飼い主が仕事に行くだけだった時の犬、みたいな。


「なに、なにがあったの」
「………名前、俺は」
「うん」
「…俺は兄も彼氏も失格かもしれない」
「え?」


ここに来てやっと先程のメールを思い出した。嵐山隊は午前は防衛任務だから、家を出る前になにか問題があったらしい。ということは朝からこんな感じか…みんな気を遣っただろうなぁ。とりあえず話を聞こうと、ソファに座る彼の隣に私も腰を下ろし先を促した。


「…今朝、いつも通り副と佐補を可愛がっていたら言われたんだ」
「いつも通り、ね…」
「兄ちゃんは俺らと名前ちゃん、どっちが大切なのって」
「………うん」
「俺は黙ってしまって、佐補が、彼女だって即答できる彼氏じゃないと名前ちゃんを幸せにできないよ、と」


話し終わってからやっと目線を合わせてきた准は、心から悩んでいますという顔だった。きっと佐補ちゃん的には冗談っぽく言ったと思うんだけど、彼の性格上その言葉を真正面から受け取ってしまったんだろう。俺は兄も彼氏も失格かもしれない、その言葉の意味が分かった。


「でも、違うんだ。副と佐補への気持ちと、名前への気持ちは、全然」
「うん」
「俺は、どうしたらいい?」
「…そのままでいいんじゃない?」
「名前、俺を嫌いに…」
「なってないなってない。だから、大切なものが沢山あるって、とっても素敵なことじゃない?」


だから無理に変わろうとしないで。そう笑顔で言えば、准は目に涙をためながらガバリと私を抱きしめてきた。腕の中にすっぽりと収まりながら、子供にするように彼の背中をぽんぽんと叩いてやる。


「名前、好き、大好き、あいしてる」
「副くんと佐補ちゃんにも同じこと言ってるんでしょう?」
「……名前がいじわるだ」
「あはは、冗談よ」
「…触れたいと思うのも、キスしたいと思うのも、抱きたいと思うのも、名前だけだ」
「……分かってる、ってば」
「今日、うちに来るか?」
「この流れでそれ?…行くけどさ」


それから、扉の隙間からこちらを覗く三人に気付いた准が少しだけ照れていた。どこか居心地が悪そうな准に佐鳥くんが「嵐山さんも実はちゃんと男の子だったんですね」と感心するように言うから、本人が何かを言う前に私が大きく頷いておいた。


「あ!名前ちゃんだ!」
「名前ちゃん!」
「二人とも久しぶり、お土産にケーキ買ってきたよ!」
「やったー!」


嵐山家で、出迎えてくれた副くんと佐補ちゃんにケーキの入っている白い箱を渡す。飲み物を取りに行った准を見送り、数種類のケーキを吟味する彼らに癒される。被ってもいいように、全て二個ずつ買ってきてるんだな。


「あ、名前ちゃん、ごめんね。兄ちゃん励ますの面倒だったでしょ?」
「大丈夫、そんなことないよ」
「名前ちゃんにいいこと教えてあげる!兄ちゃん、今まで何人か彼女がいたけど、同じ質問をしても俺らが大切に決まってるって即答してたんだよ」
「ていうか、まず家に連れてくることなんてなかったし」
「名前ちゃん、すごく愛されてるよ」
「副、佐補、近いぞ」
「「兄ちゃん」」


はーい、と間延びした返事をしながら私の両隣から立ち上がった彼らは、皿に乗せたケーキと、准の持つトレーからお茶の入ったコップを取り「部屋で食べよ、兄ちゃんがヤキモチ焼くから」という言葉を残して出て行った。准も恥ずかしそうに視線を逸らすが、私の方が顔が熱くて熱くて仕方ない。私は想像以上に、嵐山准という男に愛されているらしい。


「…あの二人、俺の話してたか?」
「いや、そんな、なにも、准が私のこと大好きだとか、今までの彼女は家に連れてこなかったとか、そんな話はしてないよ」
「してるじゃないか!」
「っしたよ、した!」
「好きだと何度でも言うし、名前はいずれこの家に帰るようになるんだから」
「……恥ずかしくて死にそう」


150529
愛情表現のバリエーションが皆無


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