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ああもう、俺はなんでこう!人がまばらなラウンジで名前さんを見つけたから声を掛けようとしたが、それよりも先に前方から歩いてきた佐鳥が名前さんに手を振っていた。無意識、というか反射で、自販機の陰に隠れてしまった。自分のガキくさいところに頭を抱えながら、そっと様子を伺う。


「おー、佐鳥」
「名前さん、お久しぶりです!」
「元気そうだな」
「はい!」
「相変わらず忙しそうだけど、無理すんなよ」
「ありがとうございます!」


名前さんは、にこにこと笑ってる佐鳥の頭をくしゃりと撫でる。あれって名前さんの癖なのかもしれない。いや、確実に癖だ。それは分かるけど、あんまり俺以外にやらないで欲しい、というのはワガママだろうか。それを名前さんに言って、困らせるのも嫌だし、言わないけど。


「それ、飴ですか?」
「そうそう。禁煙中だからな」
「へぇ〜!名前さんも頑張ってくださいね」
「うん。あ、これあげる」


ごそごそとポケットから何が出して、佐鳥に差し出している。なんだろう、飴?棒が付いていない、フィルムに包まれた飴玉だ。名前さん、何個持ち歩いてるんだろう。


「貰っていいんですか?」
「苺ミルク味が嫌じゃなかったらだけど」
「佐鳥、苺ミルク好きですよ!」


嬉しそうに受け取ったそれを口の中に放り込む。というか、アホそう。名前さんは動きを止めて、なにかを考える素振りを見せた。


「佐鳥、お前佐鳥か」
「はい?佐鳥は佐鳥ですよ?」
「そうか、いや、分かった。佐鳥は可愛いな」
「はい!佐鳥は可愛いです!」


佐鳥あいつなんなんだよ!ハチの巣にすんぞ!ていうか、名前さんもどうしたってんだ。もう!


「……お前、なにしてんの」
「っあ!?た、太刀川さん!」
「なにから隠れて…あー、あれか」
「いや、別に隠れてなんか」
「…ははーん、なるほど」


俺が二人を見ることに集中していたら、背後を太刀川さんに取られていた。太刀川さんは悪戯を思い付いたクソガキのような表情で、俺の腕を掴んで歩いていく。ちょ、ちょっと!俺の制止も聞かずにずんずんと足を進める先では、丁度名前さんが離れていく佐鳥に手を振っているところだった。


「名前さーん」
「太刀川に出水、ナイスタイミング」
「え、なんで?」
「ちょっとお前ら、自分のこと名前で呼んでみ」
「慶、名前さんにレポート手伝って欲しい」
「帰れ」
「慈悲がない!」


ぶーぶー文句を言いながら、太刀川さんは俺の背中を叩いてラウンジから出て行った。あの人、私生活以外というか、ちゃんと隊長をやってるから凄い。これから誰か捕まえてランク戦をするか、隊室でごろごろするんだろうけど。


「太刀川、なんの用だったの?」
「…知らないです」
「あ、出水も」
「はい?」
「だから、自分の名前」
「ああ、えーと…?公平は、お腹が空きました、とか…?」
「……お前かわいいな」
「は、…っわ」


いつものように、俺の頭を撫でる名前さん。どうやら、さっきの名前さんは佐鳥の一人称に反応していたらしい。名前呼びなんて、そんなベタな。名前さんは、やけに真剣な眼差しだし、本気らしい。


「クラスの女子が、」
「ん?」
「自分のことを名前で呼ぶような女に騙される男は馬鹿だって」
「でも可愛いんだから仕方ない。それが出水なら、余計に」
「名前さん、佐鳥にも可愛いって言ってた」


言うつもりは最初からなかったけど、つい口をついて出てしまった言葉にハッとする。名前さんはきょとんとしている。しまったと黙り込もうと思ったが、もうこの際だから言ってしまえばいい。


「あと、俺にするみたいに、頭も撫でるし」
「……ふーん」
「…………?」


あ、れ。名前さんはそれ以上なにも話さない。少し眉を寄せて、周りを見渡している。まさか、怒らせてしまった、り。なにが地雷だったんだ、考えろ。考えろ。名前さんは比較的温厚な性格で、機嫌が悪くなることはあるけど、あまり怒るということをしない。怒ることも面倒くさい、のかもしれない。俺のことも、面倒に思ったのかもしれない。内心パニックになっている俺の手首を引っ張って、どこかへ向かう名前さんの表情は俺からは見えない。彼の背中をずっと見つめながらついて行くと、白い扉の前で止まった。その扉は本部内どこにでも設置されているであろうなんの変哲も無いただの扉だ。その横にある室名プレートにはなにも文字が書かれていなかった。その部屋に俺を押し込め、室内に入ってきた名前さんは後手で扉をがちゃんと閉める。


「……名前、さん」
「出水、お前さ」
「ご、ごめんなさい…」
「へ?なにが?」
「名前さん、俺が面倒だったから怒ったんじゃないの…?」
「なんで俺は怒ってんの?」
「だって、さっき、眉間にしわ寄せてた」
「あー、アレ」


すると名前さんは、俺の頬に手を添えて、唇の端っこにキスをした。意味がわからなくて見つめ返していれば、名前さんは「さっきのお前、可愛すぎたからキスしたくなって。人がいたから我慢した」と綺麗な笑顔で言った。


「やきもち焼きの出水くん、かわいいね」
「…………名前さん」
「出水さ、最近なんか控えめじゃない?」
「だ、って、名前さんに愛想つかされたくない、から」
「つかさねえよ、何言ってんの」
「絶対?」
「絶対」
「……すきです、名前さん」
「うん、俺もすき」
「あ、そういえば、ここって」
「ここは俺の部屋みたいな感じ?」
「え?」


小首を傾げると、名前さんが経緯を教えてくれた。名前さん本人が困っていた訳じゃなくて、名前さんに資料を渡したり呼び出したりするときにどこをほっつき歩いているか分からなくて困るといった主に上層部の不満を解決するために用意された部屋らしい。6畳くらいの個室に、ソファとテレビとデスクがあるのはそのためか。


「禁煙してるって言ったら鬼怒田さんがテレビ付けてくれた」
「まじで」
「だから暇な時はおいで」


連絡に携帯は使わないのか。そういえば、少し前に二日酔いの名前さんがよろよろしながら地面に落とした携帯を拾おうとして、そのまま踏んで粉砕していたな。そこはうちの隊の隊室であったし、同じく二日酔いの太刀川さんが指差してゲラゲラ笑っていたからよく覚えている。もしかしなくても、そのままらしい。今度スマホデビューして貰おう。そんなことを考えていると、名前さんは「なに考えてんの」と言いながら自然に俺の頬に手を寄せ唇を重ねるから、本当に。


「名前さんってキス魔っすよね」
「やだ?」
「え、いや、全然そんな意味じゃないけど」
「ふーん」
「ニヤニヤしないで!」


150523
キスの日です


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